業界独り言 VOL166 三年坊主の戯言

三年前の今頃は、こそこそとした後ろめたい暮らしをしていた。会社で仕事をしながら次の勤め先に転職面接の為の旅行訪問をしていたのだから致し方ない。そんな思いも感性のなせる技か最近では、仕事さえしていれば会社に対しての忠誠心というような尺度とは相反しないのではないだろうか思うようになってきた。三年間の暮らしで自分自身としての技術者としての考え方とは別に社会人としての考え方として成熟してきたというべきなのかもしれない。ドライという言い方で当てはまるのかどうかは判らない。

初めての転職面接が言葉の問題もある国でのこともあり文化や考え方などが大きく異なった会社への物だったからだ。組み込み業界に長く暮らしてきた技術者として以前の会社で多彩な製品開発に従事してこれた経験は有り難く思っている。会社で与えられたチャンスを活かして頗る楽しい仕事をしてきたとも言えるし、他の携わった人からみれば、そんな私に振り回されてしまった大変な仕事だったと言うかもしれない。以前の会社での技術者としての幸福は、一つの大きな会社の中にうまく自分をマッチさせて仕事を続けてきたということだった。

違う会社を経験したことが無いというと語弊があり、配属と同時に出向を命ぜられたからでもある。自分の会社で働くことが出来たのは実は、入社してから三年目の事であった。一年間の研修生活というものはオイルショックの賜物だったし、その後の通信とコンピュータの会社への出向も社内がそうした方向を向いていない時代の反映であったかも知れない。三年が一つの区切りとしては適当な単位なのかも知れない。学生生活から社会人になり、試験雇用的な出向研修という時代を暮らしてから、本来の会社で社会人としてしていきたい事に取り組むという手順を踏んでいた。

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業界独り言 VOL165 いつも関西から始まる

毎週のように新幹線に乗り込んでの宿泊出張が続いていた。ブロードバンド時代を実感するのはホテルなどからのアクセスがどこもADSLなどで高速化されてことだろう。それでも高級なホテルの割りには割高な通信料を要求するところや、各部屋から一日料金でブロードバンドアクセスを提供しているホテルなど色々である。出張の疲れを癒すにはゆったりとした風呂があれば最高なので奈良駅に隣接してあるような銭湯なみの大浴場を併せ持つホテルなどもおすすめである。

桜木町のランドマークタワーにあるホテルニッコーなどはビルの上にホテルが建っているという形式だし、名古屋のマリオットホテルはデパートの上にホテルが建っている。アクセスは至便であり夕食などは、階下のホテルのデパ地下で夕刻からの食材セールを狙っていけば温かい美味しい食事を安価に揃えて窓から見える夜景を更に肴にしてゆったりと部屋で食事が出来る。街頭にはワールドカップで来日した旅行者も多く見られるのだが、それは近くに競技場を誘致できたかどうかにも大きく起因している。名古屋では競技場は作った物の韓国との同時開催になり溢れてしまった口である。

名古屋の町は、道路が整備されているのが有名である。無論、道路以外にもインフラ整備という文化が愛知には強いように見受けられる。税収を補うためのインフラ整備であるギャンブル施設などは数多く見られるが、町としてはアジアに押されていて元気がないというのが印象である。最高収益を上げているトヨタの城下町とはいっても倹約つましいトヨタ文化のせいなのか町全体として景気がよいという印象は見られなかった。そんな中で二週続けて、日曜を名古屋で過ごすはめになった。関西発祥のジャンボタクシーを借り上げて、名古屋市の郊外にあるテスト地区でのテストに臨んでいた。いつもCDMAは関西から始まるらしい。

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業界独り言 VOL164 ホームサーバーの道その二

ホームサーバー構築運営の上の課題の一つは、障害モードへの対応と維持運営ではないかと考えている。実際ホームサーバーを商品としていち早くアナウンスした大手家電メーカーの意欲的な商品などは実際に起こる停電や改造などによる不具合を想定して非インテルCPUの搭載で低消費電力を実現したLinuxベースの物を出している。この商品では乾電池によるシャットダウン処理の保証などがなされている。家電商品としての戦略的な位置づけもありシンプルな外観で設定などはPC側でのWebベースで行うような作りは最近のルータなどと同じである。

仲々実商品の波にお目にかかれないセットトップボックスという幻想は、デジタルBSやら110度あるいは、地上波デジタルなどというインフラのリニューアルに基づいて官民の利権せめぎ合いという中で進められている。 オープンソースな形で登場してきたホームサーバーという商品との違和感を感じる。ブロードバンド時代に合わせた商品としてインターネット接続型監視カメラなども登場してQuad社でもオタクなメンバーが自宅に設置したりしている。こうした商品との違和感を感じるのは110度CS対応の新サービスep端末である。ハードディスクレコーダ的な意味もありインターネット接続のゲートウェイとしての意義もありそうな端末である。

ep端末としての不思議の一つは、世間をドライブ出来ていないのにサービス開始している点である。やつぎばやにBSデジタルから110度と打ち出してきたことも原因かも知れない。EPG等との連携を真摯に考えていったらEPは良い選択なのかもしれない。しかし、そこにどんなコンテンツがあるというのだろうか。自宅を例にとって見れば、今一番人気で細君が見ているのは昼の連ドラである真珠婦人である。菊池寛の小説からのテレビ化らしいが東海テレビのこの番組は若い人にえらい人気らしい。細君が若いかどうかという突っ込みは別にして・・・。お気に入りの俳優がきっかけで、そこにはまりこんでいったらしい。ファン同士の意見共有はインターネットの掲示板なのである。

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業界独り言 VOL163 ホームサーバーの道その一

サッカーのワールドカップも始まった。意外な展開などがあり、王者というものの存在について維持することの難しさを改めて知らされる。そうして実際のフィールドにいた選手達についていえばいつもはクラブチームで戦いあっている仲間達だったりするのだ。枠組みを変えてみたときに枠というブランドが強いのか、個々の選手達が強いのか、はたまた伸び伸びと活躍できる仕組みが良いのかといろいろと考えさせられる結果でもあった。世の中は、結果としてしか認識できず。個々の選手どうしは既にそれぞれの力を認識していたりした結果だったのかもしれないが。

サッカーのワールドカップの前日からトラブルが個人的には続いていた。少し早めに家に戻った事も手伝いサーバーの設定更新などを進めていた光の国に参加してからは常時接続の影の支えであるブロードバンドルーターのお世話になっていた。仕事での世界と同様にここにもARMのプロセッサが搭載されている。8MのADSLにはARM7でFTTHにはARM9という住み分けが明確になっているようだった。アプリケーションが明確なルーターというビジネスでは性能差が要求されるアプリケーション能力を明確にしているようだ。このSOHO向けといえるのかホーム用という範疇のルーター群の競争は厳しくコスト競争や性能差など製品リリース後のアップデートも競争の一環とみえる。

光ファイバーが引かれるまでもなくISDNベースでの常時接続は果たしていたのだが、自宅サーバー構築には気乗りがしないでいた。個人で管理するメーリングリストサーバー程度が関の山というのがISDNベースでの個人的な感想であったからだ。無論自宅マシンを公開していく上でのサーバー処理などは、以前の会社で早期技術評価という名目で散々やったApacheやPHPなどの稼働によりイントラネットによるDB連携などを手がけてきていたので昔取った杵柄という事でもあった。しかし光ファイバー接続によりようやく自分の納得できるサーバー環境に近づいた訳である。

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VOL162 FFAで3GPPワールドカップに参戦

第三ステージの第三世代がやって来た。FOMAとCDMA2000に続く欧州規格のW-CDMAである。インフラリーグに参戦しているのは、北欧メーカー二社と国内メーカー一社である。都内の清掃工場のそばにある相互接続性試験の現場には、これらの端末機器メーカーも加わり国際的な顔ぶれが集って試験を進めている。昼時にもなれば、周辺の食堂には国際色があふれてくる。無論、ワールドカップ状態である日本にとっては普通の光景なのかも知れないが、町の食堂のおばさんの方が先に気分を満喫しているようすだ。そう携帯の3GPPワールドカップは来月から試験運用開始なのである。

国内で既に、始まっていた旧規格と何が異なるかといえば、ユーザーからは見えない部分である。無論、見えない部分であっても開発している技術者にとってはやり直し作り直しという事になってしまう部分も多いだろう。慌ててメンツのスケジュールに間に合わせた感のあるシステムには、修正部分も多いようだ。目まぐるしく変わっていく3GPPの規格と開発スケジュールを合わせて追従していくというかじ取りは大変であり、打ち切りつつ未確定の部分を仮定して開発した大変さは評価されるべきだろう、しかし実際の評価はユーザーから受け入れられるのかどうかという点でのみ決まるのである。

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業界独り言 VOL161 スペースが無い

携帯電話の各メーカーは、この春にスペースが手狭になったことも手伝い開発拠点を移動している所が多いようだ。知己の会社やお客様でも、そうしたインフラ整備などもあり移動されているようだ。無論限られたスペースで15パズルを解いているような運用をされている会社もある。「組織上は、移動しているのだが物理的には移動していないんです。」と語るお客様もいる。限られたスペースをいかす意味においても、不要な移動費用や看板の更新や名刺の改版なども出来るだけ押さえているのだという状況もあるのかもしれない。

無論、会社再編の流れのなかでの一時的な移動として捉えているのであれば不要な移動費用を捻出する必要も無いわけである。スペースを生み出すために移転するのだというのは自社敷地の再開発なども含めて計画されている勢いのある会社だ。自社ビルを証券化しているのがトレンドだったりする中においては余裕の資産運営とも映る。直線で100メートル以上とれるという廊下が売り物の会社もあるらしい。小学校であれば廊下で50メートル走の記録が男女別々に取れるのかもしれない。スペースが足らなくなった会社では二階にあった長い連絡通路を塞いで部屋や倉庫に使い人の移動は一階からのみとという工夫を凝らした処もある。

スペースが無くなると色々な工夫を考えるもので、箱庭文化と云われる日本人は整理に長けているのかもしれない。狭い国土に生きる者として身につけた技術かもしれない。そうした、海外に展開した工場跡地に開発拠点を移動した会社もある。移転した先の課題としては、残業食の施設が無いというのが課題らしかった。ソフトウェア開発というと残業ありきになっている姿がそこにはあった。こうしたお客様たちなので私自身の勤務時間も残業ではないのだが足を引っ張られる訳ではないが遅くになってしまう。残業という言葉から云えば効率が悪いのだというイメージしかない。会社が、食事を負担するという考え方は西海岸の会社にもあるようだ。この場合には、ランチがデラックスでフリーだという事である。

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VOL160 ブロードバンドを自宅で

ゴールデンウィークが終わり、今年の天候不順から既に梅雨入りしてしまったような様子である。もしやとは思うが一年の単位がシフトしてしまったのだろうか。自宅の隣家にある紫陽花もすっかり咲きそうな勢いだ。相対的にしか捉えていなかった事象を絶対的な尺度で計ろうとすると悩んでしまいそうだ。本当に地軸が乱れたりしているのでなければ、良いのだが。庭に池を置きたいという話が持ち上がり、細君はホームセンターを探し歩いたらしいのだが見つからなかった。何という商品なんだろうという疑問が芽生えてネット探索すると「ひょうたん池」というのが一般的な呼称らしかった。金沢区にメーカーがある事も分かり結構な値段のするものだということも判った。幸い、散歩をする過程で手近な倒産寸前と思しき店の店頭に在庫処分とあるのを発見し安価に処分価格で入手出来た。

最近は家電販売店に、行くと毎回趣向を凝らした新商品がお目見えしている。液晶とFLASHで何が出来るのかという自社の得意パーツを集めた集大成としてそこそこの動画クリッププレイヤーが登場していた。昼休みに昨晩のお気に入り番組を録っておいてきゃーきゃー云いながら見えるというのがねらいどころなのだろうか。64MBのSDカードに画像記録をしたり、他に飽きがきたら最後という感じのする楽しそうで短命な商品に映る。次々とメモリ容量が拡大して、MPEGの完成度も高まっていく中でどうなるのかは判らない。他方、デファクト狙いで登場するNancyCodecのような技術も登場する。確かに日本市場で見ればカメラ携帯を牽引しているキャリアが採用すればデファクトに成りうるのかもしれない。狭い日本という視野だけで見ればそうした考え方も出来るだろうし、まだまだアプリケーションがそこまで進んでいない国から見れば非標準の亜流と見られてしまう。

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VOL159 GWに日本への旅行?

虫取り網を抱えて、野に山に蝶を追いかけるという絶好のシーズンである。やがて来る梅雨には紫陽花の上のカタツムリや、軒先の遠足バスの心配をてるてるぼーずとお話をする子供達。そんな健康的な生活を想像してみても、最近の実態はかけ離れてきているのだろうか。プレイステーションのゲームやベイブレードに興じる子供たちと虫取りをしに行くには自然が無くなり過ぎているかも知れない。また、そうしたことを付き合ってあげるだけの余裕が親達には無く、兄弟達のいない世代の子供たちがいったい何をしているのか考えると不安になる。実兄は、虫取り少年がそのまま大人になったような人であり、実際に世界中の採り子たちを衛星携帯電話を使って指示するフィクサーなのである(?)。そうした昆虫の収集をして標本にして生業としている。しかし採り子の人たちは、蝶や虫をとっても買ってくれるなどとは信じていないらしい。薬になるのだといって信用させているようだ。

実兄の通ったあとにはモンシロチョウも飛ばないという逸話があるそうだ。実兄はハイテクには疎いものの、ローテクであるガリ版の時代からタイプオフセットとなった現在までもミニコミ週刊誌を発行しつづけている。昆虫中年という世代になるのかもしれない。20年以上も書きつづけているミニコミ誌は、一般の雑誌でも追いつかない領域の偉業といえるのかもしれない。では弟は何をしているのかという気が付けば週間MLと化している組み込み業界で書き物を綴っていて、やはり兄弟とは似たようなものなのかもしれない。また追いかけているのは虫ではなくてバグである。Quad社の世界でも優秀な開発技術者たちが書き起こしたコードの虫を提供したお客様のシステムビルドアップの支援を通じて追いかけているのである。無論、お客様側の虫もあるしQuad社サイドの虫もある。ITシステムの上で成立しているこのサポートの環には更にITシステム自身の虫もあるのだから致し方ない。

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VOL158 DMAが欲しい 発行2002/4/27太平洋上空にて

最近は、第三世代の電話機として開発される方が増えてきてQuad社のチップ以外に色々とMMなチップを付加されるケースが出てきている。こうしたセカンドプロセッサを取りつけると相互に通信するインタフェースが必要になる。Quad社のモデムチップとしての使われ方として通信プロトコルのみに利用するという考え方でアプリケーションソフトを別チップで動作させるという構成もあれば、特定の専用アプリケーションのみが動作する専用チップに対してデータのやり取りのみをさせるという構成もある。最近の流行りは画像処理プロセッサの搭載である。

データ通信をモデムとして捉えている限りにおいては、シリアルケーブルでPCと接続するという形での利用がQuad社で評価しているモデルでもある。日本のi-MODEやEz-Webという形で端末自身がWebBrowserを持ったりMail-Clientを搭載したりというモデルとは全く事例が違うように映るかもしれない。アプリケーションとのインタフェースが同一CPUとの共有メモリなのか外部プロセッサとのインタフェースなのかという違いでしかない。アプリケーションが必要とするCPU処理量などのバランスとを考えていくのはシステム設計の問題である。

携帯機器のシステム設計ではこうした外部機器との伝送の為に短絡的にDMAを望む声が多いようだ。アプリケーションが重いということからだろうか。かつての8ビットマイコンの雄であったZ80の普及にはDMAが有ったことが考えられている。二十年ほど前にデータベースの照会端末システムを開発した際に、分散処理する端末とデータベースエンジンをシリアルネットワークで接続するという構成をとった。イーサネット以前の時代でもありネットワークの核はIEEE488である。複数のCPUボードで分散処理を実施してトランザクションベースでデータ照会や印字業務、無線システムへの電文制御などを行っていた。今でいうPCのような端末をZ80ベースにカラーグラフィックスチップを接続して漢字画面を作り出すという暴挙を実施していたのだが・・・。

まだ漢字の扱えるPCなどが登場し始めたばかりの頃であり、専用端末として利用できるような物はなかった。カラー漢字表示・ソフトメニューキーというコンセプトで開発した端末照会システム自体はアセンブラで開発されて電子交換機開発で得ていたノウハウなどを集約して市販品として使える様々なチップセットを利用して構成していた。高速処理の為には、シリアル伝送のインタフェースであるRS-232Cの規格自体がネックになり代わりに光ファイバーを利用してチップセットで捌けそうな76.8kbpsのシリアル速度にして利用するという変な仕様になっていた。当時のRS232Cのドライバの伝送速度は19.2Kbpsまでしか対応出来ないという時代であったのだ。

IEEE488の分散ネットバスに接続された4回線収容のシリアルコントローラは電文ネットワークをポーリングによるプロトコルでラウンドロビン制御で行うことにしていた。しかし、アプリケーションデバッグに導入したスーパーカーよりも高い最新鋭のプロトコルアナライザは72Kbpsまでしか対応出来なかったのである。デバッグ途上では38.4Kbpsで行いシステムテスト段階くらいから76.8Kbpsに切り替えていくという選択が必要だった。実際に開発が完了してNECの中型マシンからZ80分散システムへのリプレースに成功した。しかし、納入案件が進んでいくと光トランシーバーが1Mbps程度を対象にしていたのに反してあまりにも低速な使い方だったために不安定になるという不具合や実際に導入したお客様の利用環境の手荒さなどからファイバーが切れてしまうという問題が起こってしまったのである。無論コストダウン要請もあったのは言うまでもない。

こうした問題やコストダウンを考えていくとシリアルインタフェースをRS232Cベースにして、グラフィックスではなく漢字ベースのキャラクタ表示端末にするという追加の開発を進めた。4回線収容基板のソフト変更をしていくと高速ポーリング制御によるレスポンス時間のばらつきよりもいつも同等な反応が得られる平行同時処理制御に代えたほうが良いという判断になり色々試行錯誤したがZ80の2MHzベースの環境では4800bpsの4回線制御がアセンブラベースでも限界であるということが判ってきた。76.8kbpsの光接続から銅線ベースの38.4Kbpsにしたのだが結局4800bpsの割り込み制御だけにしてしまった。無論IEEE488バスにはDMAが利用されているのだが・・・。お客様の評判は平均処理時間が遅くなった物の安定した反応時間が評判となり却って好評を博したのである。

さて、現在の携帯電話チップとマルチメディアチップとの接続にはH324などのデータ通信を行うためには、64kbps程度のデータ通信を行うことが必要とされる。スループットを保証するということが同期アプリケーションでは必要になりQuad社の携帯チップに接続されるさまざまなアプリケーションチップには工夫が凝らされているようだ。こうしたチップとの接続にはバス接続で割り込みハンドシェークとFIFOあるいは共有メモリという姿が見受けられる。特定アプリケーション専用のチップもあれば、「何でも出来ます」というチップだけでは何にも出来ないチップもあったりする。携帯ビジネスモデルという構成で期待される端末コストから考えていくとソフト開発コストが一番の要因であり新規要素を出来るだけ取り去るという判断が多いように見える。現実の開発現場での実情から見ると、正しくはないと思うのだが・・・。

別プロセッサとして新規にシステムソフトウェアを起こすようなシステム構成が選択されないのはそうした背景が強いようだ。無論別プロセッサでメモリが2系統必要になることを超量産を信じている経営者や技術リーダーが厳しくなる経営状況から選択できていないのも事実なのだろう。Quad社で数年前に発表した別プロセッサ構成のアーキテクチャ構成などは、時代から浮いていたのかもしれないが、自分たちで手が出せそうなそうした領域まで嫌いなQuad社と付き合いたくはないというのが本音だったかも知れない。技術コンセプトとマーケティングのコンビネーションがうまく回れば良い成果にも繋がったのかもしれなかったのだが。取り組みたいテーマを楽しく取り組んでしまっているQuad社が妬ましく映ったのかも知れない。

そうした背景となってきた組み込み端末機器の繁栄を信じている経営トップと実践している現場の間に乖離があるのも、また事実だろう。経営トップはITRONで設計できれば完璧に短期日に開発が終えられると信じ込まされている人の何と多いことだろうか。システム設計が出来れば、適用するOSや環境に応じた実装設計で解決できることをしない素人な会社集団が多いのは何故だろうか。自分たちの理解のみでシステム設計を行い実装設計に失敗している姿が日本メーカーに増えてきたように見える。同一時期に提供できる同一のソリューションを適用して完成できる日本以外のメーカーと、出来上がらないことを「APIがアプリケーションに合わないから」と自分たちだけで結論付けて、その話のみを変更要望として訴えてくる事例もある。

UMTSのCS通信でビデオ会議を実現するのは、期待されてきた当たり前の機能の一つでもある。通信機能の安定提供と性能向上を念頭に置いてシステム設計をしてCS性能の評価をUARTでPCと接続するという形で実装し評価している。CSでの64KbpsあるいはPSでの高速な要求を満たしていくためにはUSBということになる。Bluetoothでは伝送速度が不足するだろう。深い段数のFIFOバッファを持ち、USBやSIOのデバイスドライバで工夫したバッファ管理を行いUMTSのL1との親和性を取ろうとするのは当然の成り行きである。余分なデータの複写をしていては処理能力の負担がかかるからである。これは別に周辺装置がSIOで接続されようともバスで接続されようとも同じことである。

さて、ソースコードで提供されている、そうしたSIOやUSBのドライバーを見て戴ければお客様が選択した方法で接続されるアプリケーションプロセッサとの接続ドライバの開発も実は大した負担なく開発出来るのは言うまでもないことだ。開発リーダーがそうしたソースコードやシステム設計のツボを押さえていればとんでもないドライバーを開発することはないのだが・・・。さて同じソースコードを提供して、結果として同じアプリケーションプロセッサを選んだとしても開発成果に差異が出来てしまうという実情をどうみるのでしょうか。システム設計のポイントを指示せずに闇雲に高速のプロセッサを通信プロトコルの複雑さを理由に要求している我が儘なソフトウェア開発の実情が見え隠れしているようです。

64kbps以上の負担が掛からないはずの専用アプリケーションプロセッサから通信ユニット単位のデータを単にバッファリングする構造のデバイスドライバーを書いてから、通信処理の為のバッファ管理にわざわざ依頼しなおしているという姿では成功はおぼつかないでしょう。L1での通信処理を考慮したバッファ構成を取っていることを理解せずに、「このバッファサイズが通信ユニット時間のデータ量よりも小さいから大きくしてくれないか」という要請のみを繰り返す人達が、かつて本当に自分たちのみでL1を設計していたのだろうかと懐疑的になってしまう。「そんなこと当たり前じゃないですか」と云いたくもなるのだが、コンサルティングに耳を貸そうとせずに自分たちの設計方針を押しつけて仕様変更の要請のみをしているそのお客様のリーダーの姿がある。

通信プロトコルスタックの構造を理解せずに、だらだらとバッファ間のコピーとペーストを続ける姿が周辺機器との間のDMAを要求しているのだからこれは笑止千万である。「ARM7でUMTSのチップセットなんか出来るわけがない」と云われてしまう人達に向けて逆に問い掛けたいのは「設計方針が低消費電力あるいは処理効率を考えられていないのでは?」という一言である。鈍重なドライバーのコーディングに慣れきってしまった人達がコンパイラのコード効率を考えられないという実情を知り、アプリケーション性能を実現するはずの構成部品を唯々「実績がある伝統のコードです」と保全している姿が日本の開発力を駄目にしてしまっているとしかいえない。こうした事を理解しているエンジニアを異端視扱いするのであれば、もう時代は韓国・中国・インドに移っているという認識に立つべきである。中国人技術者達が日本語を学び日本では異端視されている技術者達のノウハウを自分たちの物にしたいと考えてきた世紀末から、新世紀ではバトンは渡されてしまい彼らが日本語を学ぶ必要は無くなってきたと云えるのかもしれない。

カメラを搭載して、ビデオテレフォニーを実現するというのが第三世代携帯電話の唯一のアプリケーションであると信じて疑わない人達が居るのと、明らかな機能上の差異をつけて需要を喚起したいという考えの人達がいるからだろう。動画メールは楽しいかもしれないが、二人の世界に浸って話をしたいもの同志がテレビ電話を始めたら、ますます電車内でのモラルが低下するのは必定である。彼氏や彼女の顔を覗きたいという輩もいるだろうし、周囲の声が入る程度、端末を前に出さないと通信出来ない現状を混んだ電車のなかで展開しまいかねない現状から、結果として繰り広げられる死闘について考えたくは無いのである。

使われ方を特定の程度の人達に限ってしまうと否定的になってしまうかもしれない、しかし英会話のレッスンや社内同志のビジネスでの通信には、良いかもしれない。互いに言葉を交わさずに黙々と電子メールを確認している風景は、一面静かだがカチカチというキー操作音に電波を感じて医療安全を危惧する人達は、声をあらげて注意する方もおおいようだ。この双方の組み合わせによっては三軒茶屋の悲劇などが繰り返される姿を容易に想像できる。横浜駅の夕方の風景ではそうした喧嘩が普通に見られたりもするものだ。

まあ、使う方の感性や常識が益々求められる第三世代携帯を使えるだけの社会にはなっていないようにも思うのだが、子供を躾けることも出来ない母親から逆に騒いでいる子供を叱ると怒られたりするのが現実なのだから致し方ないだろう。端末が開発され、エンドユーザーに品良く正しく多彩な使われ方をして世の中の為になっていくと信じて仕事をしていくしかないだろう。自分の仕事のみに邁進している感性の大人たちが、サボってきた社会人としての責任範囲の行動のツケが巡り巡って自分たちに降りかかっている。

果たして第三世代携帯電話というバブルを生み出してきた世紀末を越えてきた訳だが、開発する能力もなく、またでき上がった先進のアプリケーションを使うに値しない堕落した精神文化の上で転げ落ちていく日本の実情を哀れに思う。閉じこもった島国文化というスタイルをまた繰り広げている限りには、技術鎖国という状況で崩壊している実情を認識して精神としての鎖国を解き放っていく為にも肥大した世紀末のまま過ごしている政治の状況からは何も産み出せないのかもしれないと感じる。この日本に第三世代携帯を論じる資格はないのでは無いだろうか。鎖国を続けるのであれば、簡単な解決策として余っているバンドをPDCに解放するという事があるのだが、それも出来ないのだから・・・。

VOL157 L君と中華料理 発行2002/4/24米国にて

 Quad社の日本オフィスに中国人のL君が加わった。上海出身の彼は復旦大学から日本のメーカーでWCDMAの開発に三年間携わってきたDSPの技術屋である。弱冠27歳という彼は、YRPで の技術者生活を通じてW-CDMAのLayer1の知識やDSPによるシステム開発力を身につけてハードとソフトと開発ツールの板挟みを経験したうえで日本語の会話と読み書きを身につけてしまったという。欲しいと思える人材である彼がQuad社を選んだ背景はといえば、YRPでの日本メーカーでの開発で、これ以上のスキルアップを望めないと感じ日本オフィスのホームページで打っていた求人フォームを見つけての事だった。求人活動として、ヘッドハンターからのレジメ応酬などをさんざんやってきた挙げ句に、なんとほしい人材が自分から入ってくるというのは人生の妙だろうか。ヘッドハンターから紹介されて職に就いた優秀といわれる方の事例などと対比すると意識も含めて中国人の彼にはすごみを感じる。やる気が違うのだ。最近、日本事務所で募集してきた採用活動の成果でみるとお金の掛からない形で入ってきた人たちの優秀さが目立つのである。自立した技術者という姿が日本人技術者には見当たらないようにさえ見える。そんなL君が研修で米国に渡米してきた。この瞬間日本事務所のソフト技術者全員がサンディエゴに集結してしまったのである。中国人の彼が米国の会社に勤めるためには、米中の間にある課題も含めて手続きが難航し時間が必要となる。四ヶ月から半年かかるといわれている。また中国籍の彼は米国への研修渡米であってもビザの発行が必要となり、つくづく日本との立場の違いを感じるのである。彼は、弊社へのジョイントが決まってからまる三ヶ月という驚異的な短さで米中間の手続きを終えることができたのは類まれな幸運の持ち主ともいえる。しかし半年以上収入がないという状況を待ち続ける気概は彼の物である。

Quad社日本オフィスにとっての彼の登場は、昨今の中国市場を見据えた上で北京オフィスとも合わせた形で日本メーカーの支援という意味においても大きなアドバンテージとなる。又、トリリンガルである語学の堪能ぶりやW-CDMAでの組み込み経験なども即戦力として評価されているのである。そんな彼が加わり、文化の違いなども含めて考えさせられることが出てきた。初渡米の感想はと聴くと「ロサンゼルス空港が汚くてがっかりした」「ホテルの食事は食べられたものじゃい」と歯に衣をきせない切り口である。

彼が、到着したその日の夕食は日本のお客様とたまたまサンディエゴであったので会食をし、純アメリカ調のボリューム満点という料理であった。ボリューム満点で残すのを普通としている米国の姿は、そのまま結果として日本にも導入されてしまっている。ただし米国ではドギーバックに詰めてもらうのも文化であり、逆に日本ではそれははしたないというような印象がある。中華料理でもアメリカンな料理でも詰めてもらう風習は、見習いたいと思うしそうした際に「だってもったいないじゃない」という言葉を米国在住の姉からもらったりすると、そうした文化を受け入れてきた集大成もアメリカなのかも知れないと感じた。

日本で、残した物をそのまま捨てるというだけのスタイルとして取り入れてしまっているように見えるのは嘆かわしいことだ。L君は、日本食は、まだ食べられる対象のようで、こちらで寿司屋にいくと「納豆巻が食べたい」というくらいだ。彼は運転免許がないので、こちらのでの研修期間の最後に独りで残る時には食生活が不安であった。日本食やアジアンフードを食べられる町は車で高速を走らなければまともな店に到達しないからだ。ホテルに隣接している中華レストランは米国人には人気なのだが彼にとっては「あれは中華料理じゃない」と食べられない様子だった。そんな彼に通用する中華レストランを見つけたのだが、「ここのは美味しい」と絶賛であった。しかし問題は町から離れていることだった。

組み込みという世界とPCのようなアプリケーション世界の狭間にいるのが現在の携帯業界なのだが、具体的な市場はどこだろうかというと今一ハッキリとしないのが実情だ。携帯バブルという言葉が横行しているようだが、はっきりとしているのはこれから売れていこうという地域が本来の主戦場であって、それ以外の場所はビジネスが成立するのかどうかというベースで見ていかないと始められないというのが実情のようだ。通信キャリアの指導の元に繰り広げられてきた携帯未来は、今、色あせて見える。開発費用を湯水のように掛けられた時代の付けは明らかだ。主戦場を担う開発技術者もどうやら日本では無くなっているようだ。第三世代携帯で先陣を切っていたはずの姿と符号しないのは何故なのだろうか。

物を着実に仕上げていくという流れのなかで、仕様自体に目的と照らした際に矛盾が見いだされるシステム仕様の枝葉末節にこだわり柔軟性を欠いたシステムを作り上げてきた通信キャリアへの審判が下るのは遠くない未来だろうか。何処でも使えるシステムを目指してきた第三世代通信システムは互いの開発成果をごり押しする仕様変更の戦争の渦中にあるようだ。「弊社のシステムは安定に稼働しているのを見て戴ければ判りましょう」と拡張性のないシステムを正当化している処もあるし、懸命に先端の仕様を追求している実際の技術者が L君のような中国人技術者だったりする。遅まきながら登場した北欧の巨人軍達の重たい腰を見ていると日本だけが性急なバブルに躍らされてきたというのも頷けるような実情がある。

政治的な背景で、チップ戦争を仕掛けるものもいるのだが実際のプロトコルやアプリケーションをまとめているはずの先進メーカー達からの成果が何も出てこないのは何を意味しているのだろうか。デュアルチップでもOOPなOSでも構わないのだが、仕上がってこないという実情が一切公表もされずに提灯記事のみが横行しているのがメーカー技術者の眼を曇らせているのだろうし、また日本企業の技術者と開発プロセスあるいは人事評価などの仕組みとの軋みが余計に悪い方向に向けているとしか思えない。それでも湯水のようなリソースを掛けて開発完了という妥協点に向けて突き進む姿が見られていたのも今年が最後になるのだろうか。

第三世代が離陸する以前に、自ら第三世代システムのシステム設計に欠陥があったと反省する方向を見せて土壇場で独りだけいい子ぶりっこをして責任回避に走ろうとしているような 姿もある。間違っていたのを認めるのは良いけれども、バブルの責任者という認識はないようだ。次々と新たな技術開発や発表があるものの、どうも次世代の商品開発を手がけていくという姿は日本メーカーでは無くなっているように見える。最先端のはずの相互接続性試験の現場で起こっている姿を公表出来ないのは、煽ってきたマスコミ自身の反省あるいは責任の一端を感じているからなのだろうか。

世の中には嫌われているメーカーが幾つもあるだろうが、Quad社もその筆頭にあるだろうと意識している。しかし、その一方でQuad社の技術者達が実に素直に次々と着実に開発しているという姿も事実として認識している。先年、ほぼライバルとしての使命を終えさせてしまった会社は、やはりマイコンチップメーカーのガリバーに買収されてしまったのだが実際の仕事という点では未来が書けないでいる。サボテンの会社も一緒だ。よいといわれるアーキテクチャーでの商品開発が終わらないのは携帯バブルではなくて、携帯バベルの塔となっているからだろう。そんな実態を認識せずに、広告に躍らされて一喜一憂する救いようのない経営者もいるのだから仕方がない。

携帯バブルの渦中で技術を蓄積したアジアの技術者達が自国の市場に向けて、携帯バベルからの脱出を限られた言語で着実に仕上げていくのは、予定される未来である。期待する未来とは、明らかに異なっているのだが現状から見える姿を正しく認識するしかない。今、韓国や中国の技術者達と伍して対抗していける気概が日本の疲弊した技術者に残っているのを期待したいのだが、無理なのだろうか。やりがいのある仕事を探していたらユニクロの縫製工場でミシンの音を聞き分けて縫製工場の品質管理をしているという年配の日本人技術者をテレビで放映していたがソフトもハードもそうなのだと思う。実際Quad社で開発に当たっている技術者たちはそういう環境の技術者も多いのだ。

スタンフォードを出たばりばりの日系人としての技術者もいる。彼は高校から米国にいる事もあり感性も含めて日本人とはいえずねっからの米国人になってしまっている。とすると、日本人を駄目にしてる教育制度の根幹は高校大学ということになってしまうかも知れない。今は、若き技術者達であるL君らを指導していくことは私にとって気概のある後輩に教えていくということが望まれている天職のようにも思えてきた。家族を大切にするという、生活基盤の上で仕事を進めていくというスタンスは米国人も中国人も一緒なのだが、何故か日本人は違うようだ。滅私奉公という姿を良しとしてきた世代は、そうした会社の精神洗脳により会社にとっても有り難くないずるずるとした盲従の輩となっているようだ。

L君との仕事などを通じて中国語も学び、家族を守っていくための仕事を続けていけるよう努力を更に重ねていかなければならないと感じている。そのためには、まず家族との生活を第一にするということを実践していくことだろう。先週の水曜日には米国でのトレーニング出張から帰国して成田から大阪のお客様に直行して翌朝から一日特別トレーニングを実施支援した。合流した米国の仲間たちと大阪のインド料理屋でトレーニング達成の労をねぎらい、翌朝には早いのぞみで東京を目指しトランクをオフィスに預けてから嫁さんとそのまま二泊の旅行に東北へいった。

二人の目指す先は互いの気に入っているフォークデュオのコンサートだ。生憎と横浜のチケットが取れずに盛岡のチケットが取れたのだった。今どきの若者にも通じるフォークソング調の彼らの歌は、夫婦と聴衆達の一時の意識を共有できて毎回楽しみとなっている。一足早いゴールデンウィークばりの好天の中、春爛漫の山田線を宮古まで往復して海猫と戯れたり海の幸に舌鼓をうち楽しんだ。月曜日にはようやく自宅に帰り着がえのみを用意して翌火曜日には会社でチケットを受け取り成田へ直行した。そして、いま二日目のお客様の支援作業を終えてサンディエゴでメールを書いている。支援作業でサンディエゴまで来ていただいたお客様は、週末からは欧州で相互接続性のテストの旅に出かけられる。

PDCとUMTSの双方および更にGSMやHDRをカバーするチップセットとソフトウェアという環境が提供できる段階に入りそうな予感もあるのだが、考えれば考えるほど日本のPDCが足枷になっていると感じるし、日本が破綻せずに続いていくと考えていく上ではPDCが必定という妄想にも捕らわれてしまう。生憎とQuad社には無いPDCというソリューションではあるが、同様に嫌われる半導体メーカーと組んだり出来れば解決してしまうような画期的なソリューションの可能性もある。そんな妄想に捕らわれてはいけないと自分自身の妄想をかき消そうとしている。だんだん日本人では無くなっていくような気もするのだが、やはり日本人だからこそという思いが強くなってくるこの頃である。