VOL98 作り直すということ 発行2001/4/16

新たな技術の提示を行う説明会を開催した。当初の予定ではコンテンツプロバイダをも対象にしたもの大々的なものにするはずだった。しかし、実際にはキャリアへの説明が不足していた事から、まだキャリアが採用を決めていない技術について、関連するコンテンツプロバイダを召集するのは時期尚早だった。急遽メーカーのみを対象として技術の説明を行った。

CDMAの端末メーカーに対してデモしたのは、QUAD社から技術パッケージで提供しているソフトウェア拡張による物で、サウンドとテキストと静止画が制御できるフォーマットとそのプレイヤーの技術である。既にカラオケなどで利用されてきたのであるが、今回の版ではアニメーション機能と効果音の機能が追加され簡易な動画仕立ての広告までもがコンパクトなデータ量で実現出来るまでになった。

この技術については、日本のメーカーとQUAD社には確執があった。昨年提供された、初版の技術提供に際して日本のメーカーの実装での性能評価が十分でないという状況があり。各種カスタマイズをしてきた日本のメーカーでの適用との接点ですれ違いが生じていたのである。漢字表示や高機能な各種アプリケーションが当然といった状況の日本とテキストベースで済んでいた米国のそれとではCPU処理の量に差が生じるのは致し方なかった。

続きを読む

VOL97 NDAと情報公開 発行2001/4/9

日経某の記者の方々からのインタビューを受けた。その内容には会社人としての私に求められているものなのか個人としての私に求められているものなのかは、曖昧な点があった。前回のバイトの場合は、メーリングリストからの咆哮を意見として掲載したら・・・という師匠からのアドバイスがあったのが背景であった。

現在のQUAD社という立場で認識している各開発メーカーの事情と背景から、ミドルウェアの開発提供などの方向性を導出してきたのは別の事由によるものだった。CDMAの技術をチップとソフトウェアとで提供しているとしても開発メーカーとの間のNDAに含まれるCDMA制御といった部分と上位のアプリケーションの展開での情報公開が入り混じっていたことにより開発メーカーに混乱を生じさせたのが理由である。

iモードの登場は、CDMAの登場による脅威やWCDMAへの布石として溢れたトラフィックをパケット通信で解消することなどが、戦略目的だったのだろう。その目的は、十二分に発揮されすぎて次世代携帯が霞んでしまったかもしれない。みな愛のサービスで圧縮された情報よりもメールの恩恵の方が有り難かったようだ。専用ビジネス端末業界の巻き取りを果たすことが愛のサービスの副次的な効果でもあったろう。

続きを読む

VOL96 元気が何より 発行2001/4/4

桜の花びらの中、新人然とした未だしっくりとしないスーツ君たちを囲んで青山墓地では昼食タイムの花見が繰り広げられている。墓地参拝の人も行き交うなかで芝生や参拝道に青いシートが広げられ、幾人かは墓地の縁に腰掛けている不届きものもいるようだが・・・。伊藤忠のビルに続く墓地横断の参道沿いには屋台も並べている。

ときおりの強い南風が、変わりやすい春の中でも暖かい中で気持ちよくさせてくれる。近くの店で買い求めた寿司弁当を抱えて仲間との昼食に出てきた。日曜日には不届きものだらけだったという墓地も中にまで進んでいくと広い芝生のスペースでゆったりと食事が出来た。最近、オフィスを関係会社との共有を始めた関係で窓付きの昼食スペースを一つ潰されてしまったので窓のない部屋での昼食続きだったこともあったのだが外での昼食はまさに開放的だ。

新人達の季節と桜の季節がマッチするのかどうかは日本人の感性の問題でもあるがバックトゥザスクールが秋となるのも勉強を始めるのには合っているようにも感じる。夏休みをゆっくり遊んでもらうのは良いことだと思うが、いかがなものだろうか。とはいえ、会社では定期採用という制度で採用するほどでは無いにしても毎月のように拡大しているのが最近の状況だ。毎週のように最近では内線番号リストが増えている。

メンバーが増えると同時に仕事も新たなタイプの新人が増えてきている。新しいタイプの仕事は当然異なったお客様が対象となってくるので今までとの延長で片付かなくなってくるものである。自分達の仕事のプロセスを改善しつつ責任と権限の委譲をして分担するようになってくる。採用というプロセスには、ようやくウィザードのようなスーパーレディまで登場しそうな状況も起こり始めている。優秀な人材が飛び出てくる会社のプロセスには心配だが・・・。

それぞれの仕事が米国との協奏により成り立っているので、色々な案件の同時進行という中では確認の精度が求められる。担当の営業マネージャに依頼したつもりがメールのみだと気が付くと彼は中国の会議にフライトしていたりする。それぞれの人の状況もスケジューラで内容を確認しつつ対応する事が必要だ。気軽に引き受けた内容が実際には、頼んだ本人は本社の人間と別件に当たって不在だからお願いね・・・といったトホホな内容だったりもするが。

色々な開発テーマに対して戦略を立ててリソースアサインしていくのはどの会社でも同じであり、変わり行くユーザーニーズを押えずに自分自身の変革をしなければ取り残されてしまう。開発が出来てもコストが引き合わないのでは、それは開発が出来たとはいわない。開発をしなかったほうがよほど前向きである。体面だけで進めてきた開発の不良債権のようなものである。

そうした中で、戦略も刻一刻と変化していくものであり、そうした流れを理解していかないと疲れることにもなりかねない。韓国の方ほど血が滾ることはないが、日本人は乗りやすいので乗った船が出ないといらついてしまったりすることに陥りがちだが、ここは外資の仕事であり論理的に切り離し心の健康を維持できるように努めなければならない。元気がなによりである。

お客様たちの新体制の情報も新聞などから入ってくる。新たな大型研究所の建設にまい進しておられる元気な会社もある。力不足を補うために有力技術者を他事業部から引き抜いてきて強化しているケースもあるようだ。抜擢された技術者は優秀なだけに彼らのモチベーションを維持することは開発プロセスなどの要因で負の方向に向けられるともとのモクアミどころかビーイングされたりトラバーユされたりする可能性も高い。入れ物を作る前にプロセスを高めていくことについては釈迦に説法だが・・・。

VOL95 新年度が始まる 発行2001/4/1

携帯電話のソフトウェア開発の問題がクローズアップされるようだ。業界独り言で咆哮するだけでは、いけないらしい。といっても各メーカー殿で進められている現状から脱却するまでの影響力があるのかどうかは別だ。いってみれば、総理の訪米で外国の大統領から「苦い薬は、早めに呑みなさい」と言われるようなものだ。

業界雑誌である隔週発行の例のものからのインタビューである。良く判らないが指名をいただいたらしい。インタビューには指名料は不要であるし。会社としての取組みの中でチップ提供の会社ではあるが、昨今のミドルウェアの事業化などの取組みが評価されてのことであるらしい。多くのメーカーの実情を知るものとして差し支えない範囲での問題意識を紹介するのが対応の背景でもある。

業界でのこの雑誌の占める位置はわからないが、最近では開発ストーリーとして各メーカーの革新的な製品開発の裏舞台を紹介しているのが流行しているようだし、逆に業界内部からは美化しているとして嫌われてもいるようだ。横並びの姿の業界の中で革新的な話が表面的に出てくることはないものだから聞いた話での範囲で革新的な事由があれぱ紹介をしていこうというのが誌面のスタンスでもあろう。

革新的な話でいえば、CDMAが出てきた時の誌面は扱いとしては苦慮しつつの内容であったろう。二度目くらいの特集において、たまたま誌面を当時PHSの開発で苦労していたときの開発スタイル革新について書いたのだが、表面的な内容にのみ反応をいただいたようだった。シミュレータの精度向上と共に実用化の域に達してきたことを示したのが目的であり、RTOSのシミュレータを開発環境に作ったりしての開発の階層化あるいはパラレル開発に取り組んできたことはあまり業界の方にはも、止められなかったようだ。

要は、皆が意識していないときに書いても注目も影響もされないというのが実情なのだと思う。今回の携帯開発でのソフト開発方法論についての問題は、皆が意識しているだけの大事件が起こり、ソフトウェアの開発での問題が世間の携帯バブル崩壊の発端を呼び込んだようなところもあるからだろう。「一機種開発する為には100人のソフトウェアエンジニアが必要だ」と語るメーカーもある。

その会社のトップいわく「1300人のソフト開発体制を構築する」という話などからみるとこの会社では13機種の開発が平行して行われていることになる。開発周期が短くなってきたことから実際の開発期間が短縮されているのではなくて開発を平行して行っていくことで出荷時期を開発期間とオーバーラップさせているのが実情なのだろう。

無論、そんなことで全てのメーカーが開発をしているわけでは決して無い。携帯開発でのモジュール化が進んでいれば機種毎に新規に開発する部分が多いわけで決してないはずだから差分の開発だけをしていけば、可能な線なのである。こうした素直な開発をしているメーカーもあるようだ。こうしたメーカーでは100名もいない開発体制で両手ほどの機種開発を進めているようである。

数少ない機種開発をしているメーカーでは自力がつき機種展開が増えるまでは、スムーズな開発が出来るようだ。順調になり機種展開が増えてくるようになると共栄会社を使ったりするようになり混乱するようになる。開発プロセスが稚拙だからなのだろう。開発プロセスをうまく作り上げたメーカーでは、機種展開拡大が順調に行われてもいる。共通部品化の推進などが進められるからでもある。自前のミドルウェアの整備などやることはいくらでもある。開発投資が活きた形で使えるのだ。それとて内実は大変であるらしい。彼らが開発してきたミドルウェアが世に出ることはない。売るチャネルが無いのである。

ここ数年はまともに週末休んだことがないというようなのが開発プロセスが確立し、ミドルウェア開発も進んだメーカーでの実情でもある。通信キャリア毎の機種対応にまでは中々うまくいかないのが実情である。無論トップのキャリアに対応していく事のみで業界が成り立っていくという考え方もある。開発プロセスが確立したという点からすれば、そうしたリーダーが会社を辞めてもカバーできるようになるのだから会社としては開発プロセス改善あるいは開発プロセス作りに投資するのは無理からぬ事でもある。

ミドルウェアの構築が出来ないのは、開発プロセスの確立が遅れていることや多くの通信キャリアへの対応などが理由の一つでもある。国内モデルだけでもPHSがありPDCがありCDMAがあり更にFOMAもありインタフェースやプロトコルも多様である。彼らが構築したいミドルウェアとしての呼処理のAPI等が異キャリアでの通信プロトコルへの対応などにおいて課題を残したりするのだ。携帯電話自体が通信プロトコルに依存して動作するために待ち受けといった概念の部分の処理の工夫などが電池の持ちなどに繋がることがありこうした問題がおきやすい事も技術的な要因である。

QUAD社で始めたミドルウェアを無料で配布するというビジネスモデルはCDMAという分野での突出したシェアに依存しベースとなるチップ制御を司る部分のAPIが同一であるという点によってたつものでもある。QUAD社では、搭載するプロセッサのリソースをうまくアプリケーションサイドで使いこなしてもらうというのが今までのスタンスではあったが、日本などの深化した利用形態おいては提供しているユーザーインタフェースなどが不足していたという反省にも拠ってたつものでもある。

本来、こうした部分こそ各メーカーが持っているソフトウェアの勝負どころなのだと思うのだが実際にCDMA以外にも多くの開発をしているメーカーにおいては、開発プロセスのばらつきや搭載すべき機能盛り込みの過当競争などが生じているために起こってきたのも背景にある。元もとの理由に遡ればそうした機能競争を引き起こすだけの脅威をPDCのキャリアがCDMAに感じ取ったからに相違ないのだろう。

技術者が流動的になっている現在では、開発プロセスをうまく構築できなければその会社で働く技術者はいなくなるだろう。お客様の間での技術者の異動は良く見かける。同様な他社に移るのは、働く場所として携帯業界が電機業界においては逼迫しており移りやすいのが実情だからだろう。逼迫している実情からは、毎晩タクシーがお迎えにくる会社もあるようだ。タクシーを呼ぶと行き先も告げずに自宅まで届けてくれるらしい。

厳しい中で新年度が始まる、電機業界を引っ張っている携帯開発の業界では、夢幻の中から覚め始める状況になるだろう。開発リソースを無駄遣いしている状況のツケは、開発投資の積算という不良債権処理が始まるのではないか。次に繋がるような仕事の仕方などを始めることが必要だろう。業界競争なのだが、開発競走に陥っているのが実情だろう。

不良債権処理で始まるのは、ソフト技術者のリストラである。開発プロセス確立により少なくとも開発ラインのように作られた電機メーカー内部のラインは縮小を余儀なくされて有効に相互作用を果たすような仕組みに変わるだろう。電機労連の会社によく見られる条件では一度会社を退職したものは元の会社の系列の会社には入れないというのがあり、開発プロセスの出来ていない会社から辞めた人材をそのまま流失して失ってしまうのだ。欲しい人材が、自分達の開発プロセスの手薄で失ってしまうのは悲しいものだ。

VOL94 端末ソフトのダイエット大作戦 発行2001/3/29

日経バイトの囲みを書いてから質問・意見をいただいた。同様な感覚をお持ちの人もいるようだった。爆発する携帯がインセンティブレスな時代になったときにどれだけ安く楽しい端末を提供できるかというのが課題である。ある人は、Javaの組込み機能が改善されるので気にしなくても良いという意見だった。おそらく来年には、Javaの速度は改善される時代になりダウンロードアプリ以外でも利用可能な範囲が増えてくるだろう。

携帯業界は、機種展開のスピードアップと競争激化で「何が何だか判らない」というようなのが素直なところだろうか。一つのアーキテクチャにまとめて綺麗にアプリケーションを開発していきたいという思いもいろいろなのだろうが・・・。端末のコストダウンの取組みの中で現在の積算型構築手法での8MB越えの容量を是としているのは、技術者としては疑問を抱いている人もいるようだというのが、当該記事への意見などからも判りほっとしている。

しかし技術者の流動化は、実際にはかなり発生しているようである。問題意識を持たずに、忙しさに埋没しているタイプAの技術者や意識を持ち改革に走るというタイプBの技術者、これ以外のタイプCが流出している技術者達である。タイプCの場合には、同業他社や関連の会社に移籍することや、旅行などをしてリフレッシュして自分を見つめるなどの後に考え直したいという人がいるようだ。

続きを読む

VOL93 無謀とチャレンジの狭間 発行2001/03/27

日経バイトに業界独り言の一節を書くことになった。独り言というネットワークを通じて色々な人たちと非公式な個人的な接点を持ちつづけているのが、そのきっかけでもあった。バイトな時代の戦友たちとの宴会で紹介されたのがきっかけだ。私を紹介したのはベンチャーの走りを行っていた私の恩師とも言える先輩からの紹介である。実際の仕事においての接点は数少ないのだが、彼との出会いは幾つかの転機を支えてくれたものだ。

コンパイラとの出会いは、UNIXやCとの出会いそのものであった。そしてそれを実用実施したのは当時、身をおいていたとあるメーカーでの上司の理解に恵まれていたことにも他ならない。当時の電機業界では、開発マシンとしてのVAX導入が流行りでもあった。そうした開発環境に早期から携われたことを感謝している。入社7年目といっても永い研修期間のために学卒の方たちの5年目と考えてもらえればよい。転機として訪れたチャンスを楽しませてもらった。

必要な道具はアセンブラやコンパイラ以外は、自分達で整備するのがunixでの当時の形式でもありデバッガへのダウンローダもCで作ることになった。最近のMSな世界と異なり全てシリアルまたはコマンドあるいはCURSESな世界であった。スクリーン端末に設けられていたプリンタポートも実はシリアルでありこうしたポートを利用して周辺機器との接続を実現して道具だてを作りつつの開発であった。

開発したコンパイラをDOSベースで使えるようにしてくれたのは、TurboCによる所が大きい。これを日本にリリースしてくれた私の恩師に感謝している。このコンパイラー以前には、ペンギンCも使ったのだが・・・。それ以前というと、専用ワークステーションにモデムをつけてリモートでコンパイルしていた時代でもあった。ラージモデルでようやくコンパイル環境がDOSベースで構築できて高価なリモートアクセスの電話代金を浪費していた時代を笑うことが出来る。

UNIXからDOSになりSDKとして製品化してしまうということも経験した。当時の会社では、全くの未経験の事態であった。出荷する工場部門としては、取り扱い説明書とフロッピしかないのは異常なことだった。QA部門がタッチできるはずも無く自分自身で全国のお客様を回って説明や指導やサポートをすることになった。SEを指向する社内部門からの協力関係が出来て実際にはあたることになった。SDKとしての開発費用など計算のしようのない自分の設計工数ではあった。無謀な取組みでもあった。

組込みソフトをお客様に開発してもらいダウンロードしてデバッグして、出来たソフトに会社が提供するハードウェアの端末を買ってもらいシステムアップしてもらうのである。情報部門という職責の人たちや出入りのシステムハウスといった方たちが私のお客様であった。ハードウェアがお客様の利用で発生した故障で動作しなくなった場合のデータの救済などの仕組みや解析などの経験も出来たが、そうしたことを自分自身の経験値向上にしか利用できなかったのは残念でもあった。

SDKで製品化したことも手伝いコンパイラの改善などについても更に自由度が増したので、自分で改善するループに落ち込み周囲との溝は深まっていくばかりでもあったが気にはしていなかった。日常的に無線機器の開発で利用しているコンパイラ性能が良くなれば、仲間の仕事の成果も良くなるからでもあった。隣人愛でもある。Cをベースにしたリソースの少ないOSも開発し、それをベースにBASICコンパイラの開発にも着手した。無謀な取組みでは、あったかも知れないが、前向きに取り組むことが出来てその中で多くを学ぶことが出来た。こうした状況を突き抜けてしまってからは、知らない自分を知ったことで恐れが無くなったようだ。

そうした世紀を超えて、今は携帯電話の開発支援をしているのだが、メーカーの方々の挑戦といった内容は大分変わってきたようにも思う。納期を恐れて保守的な見積もりや仕事の仕方をとられていた方々も今は変革を求められているようだ。恐れることは無くチャレンジしてみるべきだと私は思う。プロセス改善にチャレンジしている人たちは、今の状況はやっときた順風なのだと思う。何もしなければ生き残れないのだから・・・。恐れる必要はない。チャンスを活かして色々と取り組むべきではないだろうか。

昨今、恩師の仲間と語り合う機会が出来てきた。会社を移籍してみて余計に、当初から米国の会社と渡り合ってきたこの恩師の言葉がより理解できるようになってきた。彼が長らく言い続けてきた「どうするのこんな事がわからなくて、この会社は・・・」業界を憂うというフレーズを最近は相互にMLで話している。雑誌出版の編集の方や出版社のトップの方も同様の様子であるらしい。現役で会社に居る人たちには奮起してもらいたいものだ。明るく、前向きに、仕事には取り組んでもらいたい。

VOL92 VM開発の舞台裏 発行2001/3/24

桜が咲き始めた、大岡川の両岸には開花宣言が行われるなかでちらほらと咲き始めていた。京浜急行で調査の必要な関係情報を週末の都心に求めて向かった。次世代チップで検討しているVMアクセラレータの技術紹介が特集されていた雑誌のバックナンバーを探していたのだった。携帯でのVM移植については昨年来のテーマであったが、すでにドンナモンジャといった雰囲気で進められている一部の先行キャリアと、力不足で結束不足ともとれるキャリアには隔たりは明らかだった。ドンナモンジャと高らかに宣言されるキャリアに追随するのか、国際標準という名の元にWAPと同様な良い子の一団が形成されていくのには首肯しかねる雰囲気があった。

国内には、有力なVMベンダーが居るのは事実であるが、まだ事業ベースに乗っているのかどうかは課題だった。メイン商品としての期待があり色々な形でシステムや端末に出てきてはいたのだが実際の組込みベースでの商品が数多く離陸していくという姿に最も近い姿が携帯での適用なのだろうと思う。携帯通信料金の高さなどから端末機器メーカーあるいはキャリアからライセンス料金を取得できるだろうというのがビジネス目論見でもある。規格策定などの共同作業などにも腐心するのは必然でもある。実際に、その会社のVMが高速なのかどうかは、採用されるメーカーのシステム設計にかかっている。札びらをつけて高速にすることも出来るし、コストを抑えて速度もあわせて抑えることも可能だからだ。

一定の指針や規格が作られてどんなもんだという状況に入ると、その規定を守るためには規定策定を行ったVMベンダーのものを採用するもよし、自社開発するも善しなのだが。実際に互換性などを追及されるとベンダーのものを採用するようになるようだ。キャリアの力が不足している場合には互換性などの心配からベンダー採用をメーカーに押し付けるような状況になってしまうのかもしれない。いずれにしてもメーカーとしては、キャリアが引いたビジネスモデルのKVMアプリを実装するために必要なコストや開発リソースなどの判断には幾つかのチョイスが出来てしまったようだ。

技術あるいはソリューションプロパイダーというのが最近のQUAD社の方針でもあり、KVMも組み込むことを考えているのだが、VMベンダーの考えているビジネスを肩代わりして携帯業界に提供していき黒子としてのサポートをVMベンダーに委託するというようなスタイルは自負あるベンダーとしては呑めないかもしれない。確かに携帯業界の一部においては圧倒的なQUAD社ではあるが・・・。カラオケの事例などからみても、そんなことが起こりそうな話であり、現在のドンナモンジャといった状況を善しとしているベンダーとの間で条件が擦りあわない可能性もありそうだ。QUAD本社が上位層のアプリケーション開放を推進していることもありこうした枠の上でネスケのような範疇でVMが配布あるいは販売されるようになるのかも知れない。

キャリアの提起したスペックをクリアすればよいのかどうかというのは、結局エンドユーザーが満足するかどうかにかかっている。いままでであれば、音がいいとか・使いやすいといったことが端末の選別に使われていたのに加えてKVMの性能までもが判断材料に加わってしまう事態に陥っている。万人がそうしたモデルを求めているのかどうかは、疑問だが現状の携帯ビジネスには入門機も、ミドル機もなくてハイエンドに集中してしまう事を全体として要望しているようにさえ映る。まだ自由が損なわれている印象であり不健全なビジネスだと感じる。

PCでもなく、PDAでもなく、携帯という世界でアプリケーションやハードでビジネスをしていこうとしている姿は、どこかうそ臭い。流行で使っているのか必然で使っているのかということも含めて麻薬のように使わせて月額数万円にもおよぶ通信費用として個人から請求させてしまう事態は異常である。こうした状況を国として是認しているとも受け取れるのは、携帯ビジネスで景気を向上させようとしているからなのだろうか。個人同士が日常のメールなどの通信手段として使うことにしか使えていない現状で景気が向上していくような雰囲気は、そこにはないと思うのだが・・・。

雑然と置かれた東京駅前の大型書店の書架のなかには、要らなくなった古びた情報までも含めて寡占ソフトメーカーの圧力で出来たコーナーが幅を利かせて結局のところIT某とといった世界を表してはいるもののうまく世界が回っているといえない混沌とした状態を表現していると感じた。全ての情報をアクセス可能にさせるというwwwな世界のようなこの書店の配置には、結局、必要な情報が無いことを納得するのに無用な時間を浪費させることにのみ費やされた。最初から版元にバックナンバの手配をすべきであった。

自宅に戻ると広島・愛媛といった知己の多い地区に大地震が起こり構造の弱い建物が崩壊したりしているニュースが報じられていた。知己の心配もしつつ、サードインパクトともいえる次世代電話もこのような大地震のような位置付けで通信携帯業界に起こり愛ある姿さえもクラッシュしかねないのかも知れない。衛星電話の失敗を知った上で採算が取れるはずの仕事として始まる次世代携帯電話のはずなのだが、果たして・・。来年には色々な形で破綻と展開があるだろう。

我を忘れて、話し込んでいる知己の写真を社内のサイトで見つけた。ラスベガスに居るらしい。1xEVという次世代技術が来年にはチップと登場してくるのだが、そうした話ですっかり夢中になりフラッシュも写真をとられたことも知らなかったようだ。彼が取り組んでいる技術も結局のところ大元の携帯電話あるいは、それに準ずる技術(電話ではないかもしない)の登場で、発揮されるからに他ならない。この、真打登場で健全な世界として離陸発展していくと感じている。例えばフレッツ某というパターンで、あのキャリアが展開するようなことが始まったら面白いとも思うが・・・。

VOL91 携帯業界もゴミを増やしている? 発行2001/3/21

春めいてきた。今日は朝から、前の会社を訪問することになった。サウンド機能のデモンストレーションである。今回は黒子だ。共栄ベンチャーがプレゼンするのでサポートである。会社近辺には、そろそろ花見の時期を迎えようという時期でもあるが、陽気は春とはいえ花見は来月からだろうか。

あらかじめデモセットは、宅急便で送付しておいた。ブレッドボードを抱えて歩くには少々箱が大きすぎるのである。電源はお客様にお願いしておき、スピーカーなどは共栄ベンチャーに依頼しておいた。実際に彼らの技術を実装した事例としてのデモというのがデモの理由である。会議室でMIDIプレイヤーのコンテンツをスピーカーで鳴らしている。携帯電話は、色々な技術で出来上がっている。

技術の採用を考えているお客様としては、当然他社も採用している実情を認識しており、幾つかの課題なども追求している。同じ技術を採用するとしても実装する部品などにより音質などが変わるからでもある。市場に出回っている現在の版の音をデモしたうえで、次回の実装で予定している改善版の音をPCでデモを実施した。WINDOWSの上で同様に実装したものではあるが、ハードディスクアクセスの問題などで時々音が伸びてしまうことが起こる。

出てきた音については、いろいろ意見があってもコストダウンの手法として部品からソフトへの切り替えに流れてしまうのは時代の趨勢いもしれない。半導体のメーカーとして部品機能と搭載ソフトの両輪を回していくことがまさに求められているのだ。QUAD社は、こうしたことに対応していこうと懸命になっているのだ。対応できずに淘汰されてしまったライバルメーカーも多いからでもある。

次々と出てくる技術を盛り込み買い替え需要を喚起している姿は、車をリースでどんどん買い換えている姿にも似ている。長年のりつぶすというような人の存在はキャリアやメーカーからは肯定されていないようにも見受けられる。搭載した高価な部品や作成に要したライセンス費用なども含めて、新機種への乗り換えでごみとなっていく。このゴミが出来ないことには世の中が回らないのだろうか。

とはいえ、一度生産した製品を長年使いつづけていくというようなことは家電品と同様に世の中から無くなってしまったようだ。いつまでも使われることを良しとしないのではパチンコ業界の液晶ディスプレイを使い捨てているのと同様なのであろうか。ソフトを入れ替えるだけで楽しめるというほどには技術が熟成していないということもあるかもしれない。

セルラー電話を自国の実情に合わせつつフルセットで開発してきたキャリアではあるが、いまでは門戸開放の流れの中でより上位のアプリケーションの世界での戦争を仕掛けてきているのだろう。顧客ニーズとのバランスによって成立している世界であり、まがい物でお茶を濁していると一徹返しをお客から喰らいかねないのだが。つまらないからと返品してという願いも通らないのが、携帯業界だ。

やはり、自動車電話から派生したこの世界は、昔同様かたぎではなくてやくざな稼業なのだろうか。ただし、パチンコでは景品がもらえるが、携帯ではお金は、出る一方だ。接続するたびに表示が回って777が揃ったら無料通話が一ヶ月とかであれば楽しいのだが、ギャンブルという形にまで持ち込むのはまさに賭けなのだろう。

一円で売られている電話機を作っているお父さん・お母さんは子供にどうやって説明をするのだろうか。淘汰される世界の中での出来事なのか。デフレスパイラルと呼ばれる中では致し方ない姿なのか。携帯代理戦争と呼ばれる国内の実情では、そんなことにかまっている暇はないのだろうか。健全な業界発展に寄与しそうなベンチャーを探してインキュベーションしていくことだけでは不十分なのか。

五徳ナイフではないが、携帯電話という業界の目指している姿がキャリアなのかユーザーの要望なのかメーカーの野望なのかは別にしてまったく違うものになってしまった。GPS機能がついたと思ったらジャイロまでも付くらしい。アウトドア志向の暮らしをするには楽しい世界に変わっていくのかも知れないが、ゴミになっても冷蔵庫や洗濯機ほどは目立たないのが携帯の逃げ道なのかも・・・。

VOL90 携帯はドコへ? 発行2001/3/17

携帯のアプリケーションの爆発は、サイズの面から特に日本で顕著だ。海外のそれは比べるまでもない。WAPとI-MODEの比較のベースにサービスでの工夫などは小さなものへの愛着や執着が日本人にはおおいからだろうか。米国をベースとする、QUAD社においては、物作りをドライブしていく原動力は顧客ニーズであることに違いはなく昨今の日本での端末動静に注目している。

勝ち組、負け組と分類されるとビデオ戦争を思い起こすが広告をうち、キャンペーンを張りアダルトなものまでも持ち出しての戦争風景などを思い返すと同様な戦争にはなりたくないものだと思う。「一円でPHSの一体カードが買えたよ」と嬉しそうに買いこんできた仲間がいる。現在の状況で使いやすいこうした環境が安価に整うことが嬉しいことではあるが、反面不健全な香りがただよっているのも事実である。

現在の株安の状態で苦しい状態に陥っている大手通信業者ならびに、こうした大手頼みのメーカーでIT高速道路の建設から、自動車の開発までも一手に引き受けているところはこうした煽りをまともに受けているようだ。現行の道路規格の車種開発チームとは分離されていることから、そうした煽りをあせりに感じているのは経営トップの方だけなのかもしれないが、業界のなかで暮らしていくものとして自分たちの業界の次の時代へのつなぎについては腐心しているのは全員のはずなのだが・・・。

続きを読む

VOL89 ROMエミュレータからJTAGへ 発行2001/3/10

BYTEな戦友たちといった印象の人たちとの出会いは、いろいろあるが、ROMエミュレータについて語った京都の仲間との出会いは印象的だった。元より当時訪問した理由は、クロスアセンブラの提供依頼だった。当時、開発したクロスコンパイラをMSDOSに移植する過程でMSDOS版のまともなクロスアセンブラを入手することが必要になったからだった。当時としては先進的なソフトウェア開発キットを商品化して作ることになったからだった。まさか客先にVAXやHPのWSを持ち込むことは出来なかったからだ。

インターフェース誌上で展開された塚越さん、山本さんの記事が目にとまり京都郊外の新興建売住宅を訪ねた。二階の窓から看板がかけられていた。社長と専務という関係のお二人でのベンチャーカンパニーへは日本酒を抱えての訪問と相成った。組込み開発でCコンパイラを開発してICE無しでソフトを開発する可能性を話したり、あるいは4ビットマイコンなども含めてROMべースでのデバッグをしていくうえでトレース可能なROMエミュレータを提供していたHP(現アジレント)の製品の話をした。彼ら自身がこの特殊なエミュレータの大量の導入を驚いて訪問してきた事もあった。問題はコストだった。

ICE特有の不自然さが払拭されてリセットからの動作が全てデバッグ出来るという点やピギーバックの様々なマイコンの開発を実現していた。アセンブラを各ユーザーが定義できるという機能も含めてアジレントの開発マシンの時代は続いていた。後年、山本さんたちが出されたROMエミュレータは割り込み線のサポートを加えて通常のフルICEと同様な機能を網羅した魅力的な製品を出してきた。この後、山本さん達とは会社が開発していたマイコンチップの開発環境の中核として関係が出来てきたりしたこともあり不思議な出会いを思い返している。

今、携帯電話の開発環境はROMエミュレータやフルICEからJTAGに移行するようになり開発支援機器メーカーも淘汰されてきた感がある。一見同じようなJTAGデバッガもコンパイラとの整合性や、実機との整合性など実際には見えてこない点が多くあり、JTAGという言葉での印象も最初に出会ったJTAGデバッガの出来により異なった印象をもたれている技術者の方に分かれるようだ。

リアルタイムトレースを必要としているメーカーの背景には、多くのグループの開発したモジュールを組み上げていく上では必要だと感じるのかも知れない。FULL-ICEで搭載してきたデバッグ方法の踏襲から抜け出られないのは開発方法の変更による責任を回避したいからかも知れない。かつてのICE不足などの状況から脱皮すべく潤沢なマシンやデバッグツールの確保に走ることに費やされているようだ。

携帯業界でのデバッガ需要は、cdmaに限ってみても500台位になるようだ。デバッガという業界では、適用するターゲットが多種多様であり顧客の環境も含めて対応力が問われる業界でもあるらしい。そうした中でデバッガ対象となるチップや目的が一環している携帯業界という枠でのデバッガ事業には量産性と対応コストが効率的なこともあり美味しい分野のようだ。

携帯端末の高機能化などから、FULL-ICEでは制御できなくなる時代を迎えたのも手伝い、JTAGデバッガへの移行を余儀なくされる状況になっている。各メーカーも刷新が迫られている。開発精度の向上などが求められている現在では、カバレージテストなどの項目やパフォーマンス解析などの点にもっと重点を置かれてくるようだ。さしあたって、使えない印象のあったUIソフトを持ったJTAGデバッガは無くなっていくだろう。

今後チップ組込みのTRACEマクロやJavaアクセラレータなどとの共存などに更に機能が深まっていくだろうが、これから年末にかけてのチップ展開での開発レースの第一コーナーを回り始めたというところだろう。使いやすいUIで変換ソフトを掛けずに開発したソフトを実際の機器に展開できる事という出走条件を整えたメーカーが出始めた。第二レースは、連休明けに始まるが新たなメーカーの登場を期待したいものだ。性能が良くて、バグを出さないというテーマを短期間に実現していくためには、道具立てだけで達成できるものでは決してない。開発プロセスの重要度はNECの成果からも明らかだ。