業界独り言 VOL295 忘れ去られた風景

忙しさに感けているうちに、バレンタインからホワイトデーに届こうとしている。ねばならない会社仕事を片付けているうちに個人として行わなければならないと感じているワークに戻れなくなっていた。ああ、こんな事ではいけない・・・。最近では、「そうした個人ワーク自体も仕事の中に取り込んでいったらいいんじゃないの」というようなノリの良いトップに変わった状況にもなってきているのだが、果たして溜め込んでいる件名消化を果たすことが出来るのだろうか。ミクロな視点で仕事に取り組んでいるとマクロな視点での今後の方向性を見失い焦り落ち着かなくなったりすることに嵌ってしまう。このままで良いのだろうかと悩みつつも、まずは今日の仕事を終わらせることのみに費やしてしまうことは多いのだろう。仕事に取り組んでいく上で一番大事なことは、身体の健康であり、それを支えてくれる家族の健康である。身体のみならず精神の健康も大切であり、家族とのコミュニケーションなどが大切なことは言うまでも無い。そうした状況でようやっと自分としての仕事に没頭出来るのであり、家族との精神生活を重要視せずに身体生活のみの達成に腐心してしまっているようではいけないのである。

まずは個人生活の達成があり、それを実現していくための共生条件として会社で仕事をしているのでありそうした事を忘れているような仕事環境や会社の体制では明日はあっても、先はおぼつかないのだろう。とはいえ現実の多くのエンジニアの方達の暮らしを見ていると明日の先が見えているような状況ではないようだし、日々の家族とのコミュニケーションも取れているとはいえないようだ。退職などを契機に初めて家族と真剣な話をしているケースもあるらしく、「黙ってついてこい」といった雰囲気の先輩達の人生航法を見せてもらったり、家族との会話で転職に躓いてしまった後輩なども見たりしている。まあ長い人生の中で肩肘はって暮らす必要もないので、家族との生活を大事にして暮らしているのであれば良しである。実は転職などで躓く理由として家族の理解が得られないという説明が多くあるのも事実なのだ。家族の理解が得られないというケースには、家族で共有している価値観が転職により維持できないといった場合もある。家族を捨ててまで転職する人などは居るはずも無い。

インターネットを通じて、会社のプロセスの問題提起をしている掲示板があったりする。本来であれば、その会社内で閉じているべき問題が外部の環境を使っているのは機密扱いの上で大きな問題でもあるだろう。しかし、そうした環境が社内で取れない状況などがあり、ある意味でガス抜きのような形で使われていたりもするようだ。裏世界とのインタフェースのように使われている掲示板では、開発途上の端末の写真が公開されてしまったりとモチベーションの無い組込み開発の状況のインジケータのようになっている。夢のある開発をしていきたいというのが技術者の本来の希望だと思うのだが、最近はそうした指導をしているつもりが、無理な十字架を背負わされたという形に捉える感性の若者が多いように見える。無理なスケジュールを打破することで日本発のWCDMAをローンチさせるということで始まった国策のようなFOMAでの開発がそもそもの発端だったともいえるだろう。

コードの最適化という言葉をコンパイラの責任に押し付けてしまったのは、ソフトウェア教育の歪なのだろうか。アセンブリソースを見ることなどなくなってしまった現在となっては見やすいコードが良いコードといって憚らない風潮となっている。急いで物づくりをしているのが定常化している現在では、振り返る時間などないというのだろう。振り返り反省することもなく開発のみが進められていくというプロセスでは、良くなっていくはずもないのである。コードサイズが溢れてしまうような状況でも、多数の3rdパーティやら協力会社が分担しての開発風景の中では、似たようなライブラリが組み込まれて堆積されている事実も、開発期間には変えられないという理論が互いを納得させてしまうようだ。結局開発元であるところのOEMが主体となってリードしていくことをうまくリソースを投入して必要な開発投資として積み重ねていくということが必要なのである。荒っぽい積み上げのままのようなコードから不要と思われるコードを精査することを追及することでフロッピー一枚程度の余裕が出来たもの基本ソフトの改版でそうした余裕の二倍以上がソフトフィックスとしてコード追加に消えていった。

開発効率の追求ということに焦点をおいた開発技術の追求といったファクターが薄まって来たのは、そのようなキーワードで始まった様々なプラットホーム提供に対して対応していくことに疲弊してしまい昇華することなく消化も出来ずに消耗することのみに費やされてしまうといったサイクルになっているのが現在の携帯開発という事態をあらわしているようだ。採算性を取りつつ開発に取り組んでいくということが大なり小なりの差異があるものの閉塞感にさいなまれている状況がWCDMA陣営にはあるようだ。無論、1X陣営が好調ということではなく単に相互の開発に至るビジネスモデルの相違や規模の差異が、そこにはあるのだと思う。端末の機能競争が無為な状況を越しているのは事実なのだろうけれど、エンドユーザーに対しての差異の見せ方について開発している技術者が正しく認識しているかどうかには問題があるようだ。最近、知り合いで48ヶ月もの契約期間を過ごしてようやく機種変更をした人がいるのだが、機種変更の理由は気に入った色の端末が、ようやく出たからだった。

プラットホームを変えたところで基本コンセプトが変わらない限り似たようなコードサイズのオーダーとなり、開発効率が良くなるとも思えないのは言いすぎだろうか。まあ慣れてくれば良くなるといういいながら慣れるまでに時間と費用が掛かりすぎ、目的とする開発費用の生産性ラインを認識することも無いままに慣行となった開発のみが続いているような会社もあるようだ。達観した経営トップが一式完成品のソフトウェアを納入して欲しいということを言われるのも無理は無いような気もしてくる。しかし、完成品のソフトウェア一式を与えたとしていじり倒して壊してしまうような事例も見てきた過去がある。達観してそのまま使い切るというような成果を出すためには、エンジニアリング部門と企画部門とのあいだでの結束やトップ方針の徹底が鍵だといえる。トップ方針に耳を傾けるでもなく、ビジネスとして取り組んでいくプロジェクトをチャンスとして活用していくでもなく無為に過ごしているようなことでは将来がないだろう。

世の中は、ナンバーポータビリティがスタートすることを受けて、通信キャリアのバトルが予定されているという、三つの現キャリア、あるいはそれ以外の新興キャリアも含めて、みな技術的なトライアルや新技術の吟味などを進めている。技術を提供する立場の者として、どのキャリアが使ってくれても有難いのではあるが、同一技術の提示をしてみても日本という地域の人たちの反応がいまいちだと感じるのはなぜだろうか。生産性向上という観点でソフトウェアの自動生成などの技術追求をしている人もいるだろう、組込みソフトのCAEという枠組みでドキュメントとコードの両立を果たそうとしている人もいれば、試作で用いたUI記述サンプルのHTMLをそのまま使えないかと考える人もいる。端末機種開発に必要な費用を売上高の10%とおいてみた場合に出来る姿を思い描くことが必要なのだと思うのだが、現状を肯定することで月産100万台でなければならないといった思考サイクルに落ちてしまうのはいかがなものだろうか。

OEMからの要望を受けて、端末ソフトウェア一式を商用レベルで揃えてみるというプロジェクトなどに取り組んでいる会社もあるようだが、果たして開発した成果や適用した方法論が、次の年度のお客様にとって意義あるものになるのかどうかは不明である。みな一社で全ての物づくりが果たされるわけではないのはOEM先と同様であり、デファクトのソフトウェアを組み込みインテグレーションするということになる。世の中が残された市場として中国を認識するようになったことで、どのメーカーも漢字フォントの実装やFEPの搭載などが一般化してきた、最近ではマルチメディア機能までも含めて国内メーカー以上の成果が見られるようになっている。中国の3G遅れが表面化した今日としては、当面のはけ口としてFOMA互換を果たす端末として国内上陸することが明らかになってきている。韓国の端末機器が登場してくる状況はVodafon仕様の欧州端末が登場する事以上の意味があると思われる。

端末価格に占めるソフトウェア開発費用・ハードウェア費用合わせて下げていくことが必要であるのだが、国際的な競争の下でのレベルにあわせての戦いが始まっている。出来上がった端末が売れないと嘆くのではなくて、なぜ売れないのか機能も価格もひっくるめて開発競争力が問われている現在となっている。チップメーカーあるいはソフトウェアベンダーとしてコンサルティングをしている立場でいえば、お客様ごとの対応力や得意なドメインに合わせて技術とチップのパッケージとして紹介して実用化していくというサイクルをいかに早くにまわしていくのかということが求められているのだ。そうした海外の実情やデザインハウスの実力を知りながらも社風を変えることが出来ずにチャンスを物にすることが出来ない人も出てくるだろう。やはり、組込みソフトで培った経験を結局のところ物に出来ずに自分達を変えていくことをしないままにおぼれていってしまうような印象を持つのである。

コンサルティングをしていく中で、スポンジのように知識を吸収して次々と製品開発に繰り出していくというサイクルを回している風景は日本以外のように思う。そんな状況のせいか、年が明けてから毎月中国にコンサルティングに赴いているのが実情だ。彼らと取り組んでいる日本メーカーのエンジニアのやる気もすごいのだが・・・。新たな枠組みでの製品開発を柔軟に進められるのかどうかは、かならずしも成功体験を持つ人たちではないようだ。現在までの仕組みに引っ張られてしまうのは、再利用という魔物に魅入られてしまうからなのだろうか。理想の開発を実践していくことを国内ですることなどは開発費用の観点からは諦めたほうがよいのではないかと思うようになってきた。日本の物価を1/4程度にして暮らせるようにしないと中国のエンジニアの飽くなき取り組みには負けてしまうのだろう。日本で採算があうのはSEやコンサルティングといった職域だけになってしまうのかも知れない。

業界独り言 VOL294 次世代開発への合同コンパ・・・

如月・・・春節、バレンタインと寒さの最終コーナーを過ごしつつも、春を感じるキーワードが続いているこのごろでもある。重苦しい携帯電話開発の話が聞こえてくる中で、前向きな春めいた兆しも聞こえてきている。業界再編というには、程遠いかと思っていた状況も色々なオプションについてケーススタディを模索する動きが始まり本格化することが始まりそうでもある。知己たちから遭遇するような、リストラ再編劇もあれば、新興メーカーによる新たな形での開発ストーリーの勃発なども起こっている。ともあれ、PDCを失くす流れの中でグローバルな視点からも日本の3G本格化に衆目が集まっているのも事実だ。芸術品開発に基金まで募るような開発スタイルが続くと信じている能天気な人がいるとは思わないのだが・・・。実際問題、現場の方々からは主客転倒したような驕った話が聞こえてきているのも事実なのだが。是正するための技術開発や開発プロセスの変化などが起きていることまでは認知されていないようである。

一チーム数百名のエンジニアを自前あるいは応援で擁してキャリア対応の開発に対応している姿で疲弊している歴史あるOEMメーカーもあるし、そうした姿を標榜して追いつき追い越そうと同じスタイルをとるメーカーもある。新しい通信キャリアに向けて製品展開していくという動きの勃発などもあり、製品開発というテーマに対してのコスト算定をしつつ対応の可否を探る動きが出てきている。やはり注目すべきはODM的な動きを期待するOEMメーカーの流れと、ソフトウェアハウスが自身の派遣請負的な仕事の流れの終焉を感じ取り始めての模索ということになる。端末開発・製造を行うという仕組みにメスが入ることになったのは、プラットホーム化進展の結果としての健全な姿ともいえるのだが、実際問題としてLinuxやSymbianでの結果とはいえないようだ。GSMの端末開発では当たり前となったODMを行う会社が3G端末開発においても実績を挙げ始めているということが事の状況でもある。

誰が実際に開発しているのかという問題でいえば、ODMメーカーがリファレンスデザインとしてチップセットベンダーのモデム基本ソフトなどと自社開発した待ち受けアプリや、3rdパーティアプリとのインテグレーションまでを行い、OEMメーカーからのカスタマイズを請け負うというスタイルとなっている。こうした形態に突入する状況で、基本的な分業としてチップセットベンダーが世界中で行っているIOT結果を直ちに反映したりといった仕事も含めて、複数のメーカーが分担協業して並行開発していくという姿が実現され、ODMメーカーがチップセットベンダーのリファレンスハードなどを使って、通信キャリアの仕様に準じたアプリケーションスイートを自前でインテグレーションし複数のOEMメーカーに卸していくというスタイルとなるようだ。こうしたスタイルでは生産技術用のソフトウェア開発までもODMでは行うらしいし、ましてや生産そのものはEMSに委託するということも起きているのが実情である。そうしたスタイルがGSM/GPRSを契機としてUMTS開発にも適用されつつある。

こんなスタイルに飛び込んでいくには「無茶な」という声もあるだろう、実際問題として日本の通信キャリアの細かな芸術品開発を目指してきた開発スタイルとは相容れない部分も多くあり、コスト有利と言われている中国台湾のODMベンダーがこれらを紐解いて作り上げる時代にまでは至っていない。今迄で言えばメーカーが主体的にそうしたワークを行い、自社あるいはサブコントラクターを使って仕様書を咀嚼して自社製品開発のための仕様書を書き起こして進めるという開発スタイルだった。このスタイルを実践していくことに必要な多大なリソースを許容できないというところにまで到達してしまった現在、開発コストの根幹となっている部分を効率よく共用していくというモデルが必要になったのである。かかった費用を計上して請求していくといった工数精算といった形でのソフトウェアハウスの仕事が自社製品としての通信キャリアとプラットホームに適用可能なソフトウェアプロダクトの自社開発、そのカスタマイズといった形になってきたのは大型ソフトと同様なことともいえる。

ソフトハウスが実際に端末のソフトウェアSuiteを仕上げることに要する投資費用とライセンスを受けるための費用などの精査検討を始めている。今まで多数のOEMメーカーのサブコントラクターとして積んできた経験値という貴重な生鮮知的資源を活用していくには鮮度の高い内に行動を興す必要があり、今までのように発注元に対して配慮してきた情報隔離政策から自社主導の社内共有展開型の開発に移る事が達成できる機会でもある。OEMメーカーからの仕様待ちやらハード不具合対応といった無為なサイクルを過ごすことなく自前環境としてソフトウェアとしての開発仕上げを進めることが可能になる。中小のソフトハウスでは出来ない投資ともなるこうした展開は、携帯電話業界のバブル破綻で、正しい付加価値ある開発生産をしていくというサイクルが要求しているものとなっている。雇いすぎたエンジニアの精査は始まり、バランスが取れていくことになる。これを破綻というのか再生というのかは意見が分かれよう。

実際にこうした動きをとり始める契機となったのは、この独り言だとは思わないのだが皆さんの思いや機が熟したということなのだろう。国内の大規模ソフトハウスを自立に駆り立てるのは、従来型の派遣要請という形で対応してきたエンジニアリングビジネスの変容であり、彼らのユーザーからの受注減を通じて、より付加価値の高いビジネスの可能性を求めているということでもあろう。おかしな話であるが、以前に私自身が遭遇したケースでいえば高機能ツール開発による開発の効率化を図ろうとしていた矢先に、一緒に開発していた傍系ソフトハウスの仲間から聞いた話として「効率アップで夜間自動テストなどが出来ると他のチームに説明しても、工数売り上げが下がるから使えないと言われました」というオチがあった。そういう事が感性として開発側が考えているような会社に将来があるとは思えないので、そうした技術開発をしていることを”受注件名”としての理解でしか見ていなかったというソフトハウスを去った仲間も居るし、見限った私もいる。

そんな笑い話を吹き飛ばすような状況として、自分達が開発した効率化達成ツールを製品化して、付加価値ビジネスとして取り組むソフトハウスが出てきた。なんと健全な姿だろうか、掛かった費用を親方会社から搾取するような時代を経てきたものとしてさわやかな気分にさせてくれる。とはいえ、まだまだ工数売り上げで生活しているソフトハウスから見れば、そうしたツールで社内効率を上げた上で親会社からのコスト削減要請に呼応していくという形でしかないのだろうか。国内キャリアに対応していくという要請を複数の会社から受注しているソフトハウスがエンジニアリングとして蓄積してきた経験値を自身の付加価値技術として製品化するということで、効率よく開発していくという当たり前の姿に漸く到達するということなのかも知れない。守秘契約というもので守られてきたOEMのノウハウ自身をOEMがもてあましているということに他ならないのだが・・・。OEMからの期待値は、チップセットベンダーのリファレンスデザインの上に、通信キャリアの仕様に呼応した端末ソフトSuiteが動作させるまでに至っているということである。

通信キャリアからの芸術品開発に支払われる費用が永劫続くとOEMメーカーが思い違いしているとは思わないのだが、開発プラットホーム整備が落ち着いたところで魅力的な製品を開発コスト力良く出せるメーカーあるいはビジネススタイルが残っていく時代に変容してしまうようだ。これを達成出来なければ、携帯バブル崩壊というだろうし、達成出来た場合には再生の胎動といったフレーズだろう。OEMメーカーからの打診、ソフトハウスからの打診双方が始まり、模索の中のお見合いあるいは合コンといった様相である。また、通信キャリアからも同様であり、魅力的な端末開発をしているOEMメーカーを名指しして自分のキャリアの端末開発を達成させるために必要なことは何かといった、禅問答を繰り返したりもしている。開発効率改善のための技術検討に最も前向きなのは通信キャリア自身であるのは、OEMメーカーにはそうした検討する余力もないということでもある。紺屋の白袴状態が続いたままに、UI開発の改革技術などに踏み出せないのは誰もリスクを背負うとは考えていないことなのかもしれない。

3G端末の開発スタイルとして次の三つのオプションが業界では言われている。第一のオプションは、500人以上のエンジニアを擁した上で、実績あるチップセットソフトをライセンス受けて物づくりする。開発には最低でも数十億円以上が必要となるらしい。第二のオプションは、実績のあるチップセットソフトをライセンス受けた上で、そのまま実績あるGSM経験のある海外ODMメーカーに依頼して物づくりする。国外のキャリアに向けた端末作りまではこれで実現が可能となる。ただし、ODMメーカーと同じ母国語を話す自社エンジニアを一人は貼り付けておくことが必要らしい。ODM側では数十名のエンジニア規模で半年もあればキャリア持込サンプルまで構築することが出来るようだ。そして第三のオプションとして話が出ているのは、国内ソフトハウスが乗り出してくるといわれる新ODM事業であり、必要なアプリケーションと国内キャリア仕様のインテグレーションまでを今年中に実績あるチップセットベンダーのリファレンスで動作させるというものだ。この第三のオプションの話で最近は通信キャリア・OEMメーカー・ソフトハウスの間を往復して縁談の取りまとめあるいは合コンの予約をしているのだが、結婚式に漕ぎ着けてベビー誕生となるのは今年なのだろうか・・・。

業界独り言 VOL293 ライフプランを描きながら

今週は知己たちとの予定で一杯だった。水曜日に年初の独り言のオフ会を行なったのだが、電機業界でお決まりのノー残業デーも携帯分野の知己達にとっては中々適合しないような状況にあるらしい。都合が付かない方も多かったものの、予定通り開催することにして二時間という居酒屋の制限枠を二倍にもなる中で、楽しくこれからの仕事や業界の流れなどを肴にして過ごすことが出来た。オフ会を通じて知己たちの元気な顔や声を聞くと安心もするのであり、また次なる技術展開に向けた仕事に張りが出てくるというものでもある。携帯電話業界がプラットホーム移行という大きな流れの中で、産みの苦しみを経験しつつも、開発プロセス自体の改革に向けた通信キャリアとの期待値とのギャップなどには、まだ思いが至っていないような様子だった。核となるエンジニアは、気が付いているもののビジネスをドライブする経営陣や、開発に従事する仲間達にそうした今後のプロセスの変革について意識を共有することが出来ないことが、変調を来たしていることを加速しているように映る。

金曜日には、前の号で紹介したサーバーベンチャーのCEOとの昼食会もあり転職経緯の発端ともなった六年前の事件などを思い起こしつつも、また同じ有楽町の海外特派員クラブでランチを取りながら、ケイ佐藤らと一緒に楽しく仕事や業界とのマッピングなどを思い描きつつ過ごした。4Gサーバーを開発するバラード氏の成果を評価する横須賀のキャリアでの導入成果は大きな以前からの進展であった。悪魔のサーバーと評した当時の私の転職顛末小説は、出資者をエンジェルと称する流れの中で、なかなか成果の出ない状況などと合わせてあえてデビルサーバーという名前で呼んでいたのも事実であった。現在も、実際にビジネス展開として、今回の成果を参照してきた日本の多くのユーザーからみれば理解不能な技術として敬遠されているような状況には変わりが無いらしく、まだまだ必要とするアプリケーションに出会わないという状況のようだ。バラード氏が、天啓を受けて始めたこのベンチャー技術のインキュベーションを、ようやく三つ目の会社として達成しようとしているのは、真のインキュベーターとしての山羽氏の心意気以外の何者でもないだろう。

まだまだ実用化に向けての障壁は、あるもののとにもかくにも商用マシンを出荷納入するというテーマを七年目にしてようやく達成したのである。栄えある最初の発注ということを実施した初芝通信時代のあの頃に達成していたならば、また別の展開があったのかも知れない。超大規模化を予感したI-mode時代の到来に備えるべきという警鐘を感じ取っての技術として評価してきたものの、それまでの技術から踏み出すには実績という理由が無きままに世の中は動いていかないものである。初芝をリタイアしてインキュベータの道を歩んでいる山羽氏が、こうした弁護士から技術屋に転じたバラード氏を本当に添い遂げていこうという心意気は、最初の投資家の人たちから発せられた詐欺師呼ばわりされつつも成果が出せずに破綻した二つの会社での歴史を拭い去りたいというものから来ているようだ。自らの活動に必要な資金を捻出しつつ、残っている時間を駆使してインキュベーションにまい進している山羽氏の生き様には、敬意を表したい。インキュベーションを重んじるという理念の会社方針を形式的に打ち出されている会社などもあるようだが、真のインキュベーターの精神までは社員に教え込んではいないようだ。

金曜日の夕刻には、20年振りの山の同好会の同想会が企画されていた。前の会社のハイキング同好会といった分類の仲間であるのだが、発起人である先輩からのメールでの連絡などがあり当日には15名ほどの方が集まった。もともとのメンバー構成でいうと、当時の初芝通信の無線事業部・周辺機器事業部・オートモビル事業部などを跨って組織されていたのだが、最近では事業部制からカンパニー制に移り変わったり事業分野の再編成などが行なわれている。そんな中で部外者となった私などにも声をかけていただいたのは有り難い事でもある。もともと発起人たちの同期メンバーとしての人の繋がりがあり、事業部を越えたグループ活動というものが実現出来ていたようだし、既存の活動として存在していたグループへの疑問などに対しての行動として新たなハイキング活動のグループとして出来たのが当時の背景だったようだ。そういった意味ではベンチャー的な要素を持ち合わせていた活気のある組織だったのだろう。私が新入部員として参加したのも25年以上も昔であり、同様な意識の世代で構成されてきたことが当時の活発な理由だったろう。

そんな活発な活動をしてきたハイキング同好会も、少しずつ仲間同士で結婚したり、転勤などが起こり世代が固まっているがゆえの若返りといったことに繋がらないままに活動を閉じることになった。気が付けば、最後の山行はなんだったか誰も漠として覚えていないという印象だった。組織として最後にリーダーを命ぜられていた時期があったことから当時のハイキング計画やら資料などをファイルした原本を預かったままに転職してしまったこともあり、後ろめたさも手伝い引っ越す度に思い返してはいたので、今回の同想会の参集要請は渡りに船というものであった。当時のクラブにいた中でカップルはいくつも生まれて我が家もそうした中の最後のカップルなのだが、今では事業経営のリーダーたる方もそうしたクラブのカップルである。今回は、ご夫婦で参加されて雰囲気を盛り上げていた。関東という土地柄なのかどうかは判らないのだが、会社の通勤範囲として90分程度はあるという中で実は通勤距離の広さを感じたのは当時のクラブの集まりを湘南地区で週末に行なうことになったのだが、当時は千葉県から通勤していた自分は切符購入すると窓口でしか買えないような距離だった。

週末にそうした距離を越えて会社の仲間が集い、コミュニケーションをとるような活動をしていた時代だった。そうした時代を過去に追いやったのはコアタイムをベースとするフレックス勤務だったろうし、開発プロセスがハードからソフトに変遷する流れがそれを押し流してしまったようだ。先輩達との付き合いを時間外にするなどということは「ありえない」ことに分類される時代になり、意識を共有したりする流れを事業部を超えて社風として堅持するようなことすら出来なくなってしまったようだ。冬のシーズンには、週末に各事業部の誰かが発起人となってスキーバスを仕立てたりする風景も最近では、グループ活動から個人同士の活動に変遷してしまっているようだ。昭和の時代から平成に移ったのだといえば、簡単だが同一世代だけでの付き合いしかないことが組織としての厚みをなくしてしまっているような気がするのは私だけだろうか。そんな山のクラブの中にご夫婦で山に来られる先輩のOさんが居る。

Oさんは、事業部は異なるものの、当時から開発を先導していく立場としてCADなどの技術に傾注されていた。私は、といえばソフトウェア開発という括りでコンピュータを日常的に利用するということから、インフラとしてのネットワーク整備などの社内委員会などでお会いしたりすることなどがクラブ以外の接点であり、転職前に技術管理に転籍したころは、より身近な分野としてお話しする機会も増えていた。技術管理という仕事を拡大解釈する中で当時の私が描いていた、エンジニアのコミュニティ創設という考えをミニコミ誌という実証実践をしている中でも、配布していたように覚えている。あいにくと全社活動というところでの文化醸成に至る前に、休刊のやむなきに至った中でネットワークなどを利用したいと思っていた矢先に転職を契機にメールと会員制掲示板というこのOneWayBlogのような仕組みの中でようやく有る意味でやりたいことに到達したのは皮肉な物でもある。Oさんは、私から送付する独り言メーリングリストをよくアクセスしてくれていて、こちらでもOさんにアクセスいただいたことをログから確認できると嬉しいものであった。

Oさんは、今回会社から示されたライフプランに応募されることになったと話してくれた。プリント板CADという分野で最先端の仕事を追及されてきたOさんにとっては、取り組んできた技術を集大成として技術書を発行したいという思いがあるそうだ。これについては強く共感するもので、Oさんの行なわれてきた組織での雰囲気をそうしたOさんの発言から羨ましく感じることが出来ました。Oさん自身も意識共有するための仕組みについていろいろな取り組みもされてきたようですが、会社のリストラクチャリングの中で会社としての強みをなくすようなコミュニケーション活動についての会社側の無理解があるのは、今でも変わらないようです。社外の2チャンネルに内情告発もどきで懊悩を書き込んでいる方もいらっしゃるのですが、社内でそうした活動をするインフラすら持つことが出来ないのは、プロバイダをしている会社とも思えない紺屋の白袴といった感じです。Oさんが寧ろ技術書を書き起こすことで、より広く貢献することになるだろうということは素晴らしいことと思う反面、社内で横展開出来ることが出来ないことに対する悩みを感じ取ったりもします。

ライフプラン活動という形で会社が資金を用意してくれるという姿を提示されるなかで、積極的に活用することでOさんのような形で、会社も含めて貢献していきたいという動きが出てくるのは良いことでもあるでしょう。会社を自己都合で退職してしまうことでは、退職金の額までも半額になったりする取り決めだったりするのが現実でする。そんな中で会社から提示された満額回答あるいは+アルファという内容に応えていく活動を自らにしていくということもコミュニケーションを重んじる意気を感じます。後進に道を譲りつつ、さらに外部から支援を差し伸べていくという考え方は、より前向きな技術者人生として、尊敬していく人物の一人でもあります。自分自身のライフプランを先ず自分として納得のいく形で考えて、家族を説得していくということを進めていくことからより良い結果が、自身の納得のいく生活に根ざして家族の協力があり幸せに繋がっていくものだと思います。私自身がOさんと同様な活動を取った結果は、必ずしも元の会社に対してよい薬になったとも思われないのですが、まだまだインキュベータの心をもって技術提供と共に良い成果が得られるまで対峙していきたいと考えています。

業界独り言 VOL292 世代交代の始まり

私の後任としてプロセス改善の仕事を担当されてきた後輩Aさんが、更に後任に引き継ぎ卒業されることになったとメールが届いた。OBとして余り表からは評価されない地道なプロセス改善をしているグループに対しては、転職以来地道な支援活動を続けてきたのであった。支援活動といっても独り言としての声援だったり、プロセス改善活動の過程のきっかけとなる憩いの場を提供するための素材の送付だったりしたのだが・・・。素材は、コーヒーなどと相俟って効果を見せてきたということが後輩Aさんからは報告されてきた。ある意味でエンジニアグループとしてのモチベーションの維持改善をしていく上でも、そういった部分が必要なことなのだろうということは、私自身が担当してきた17ヶ月足らずの間にも感じてきたことでもあった。だからこそOBとなった段階で支援活動に駆り立てられてしまうのだった。後輩Aさんから時々呉れる素材送付に対しての到着確認のメールなどで見聞きする中でも悩み深い様子が見て取れたのであり、支援活動を続けてきたことに繋がっている。優秀なエンジニアが居場所がなくなってしまうような状況なのかと思う反面、個人個人の家庭生活も含めて人生設計の中での展開なのだとも思う。後輩Aさんの新しい人生展開に向けての声援をさらに贈ろうと思っている。

後輩Aさんの学校の後輩にあたる、やはり優秀な組み込みソフトウェアエンジニアだった後輩Bさんがいる。実際の開発現場の中で先端製品の開発を具現化する中で壁に当たり学究生活とは異なる中での組み込みソフトウェアの開発エンジニアを生活に早くに見切りをつけて、中学校の教師生活に転進している。優秀なエンジニアであり残念ではあったものの華麗なるフィニッシュを決めての転職顛末は誰の眼にも鮮烈だった。世の中には優秀な人間は居るもので、プログラム開発などをしてもたいした問題も出さずに難しい課題を解決してしまう人がいるようなのだが、そんな人材だった。そうした優秀な人材を手放してしまうことになる会社の仕組みはいったいどんなものなのだろうか。人事的な考課からいえば、上司である私の指導能力に課題があると片付けてしまうだけなのだろうか。教師生活に移った後輩Bさんも既に十年の教師生活となったそうで、エンジニア生活などは遠い過去のことらしい。既に後輩Bさんが教えた中学生がエンジニアとして就職したりする時代になっているということも考えると味わい深いのである。素敵な先生にきっと優秀な教育を受けた子供らが素直に育って輝く世代のエンジニアになって欲しいと思う。

世代交代は、なにも個人の動きに限ったことではないOEMメーカーとしての開発チームの動きなども世代交代が起こっている。メーカーとしての開発に対する進め方、考え方といった文化までも変容していくには五年もあれば充分なようだ。文化継承がスムーズに行なわれているケースもあれば、衰退といった形になっているケースも眼にする。フィードバックが良いサイクルとして経験していった場合や、経験に縛られて新しいものについていけないといった違いが段々組織を変容させていくようだ。アウトソーシングを徹底しているということは最近の流行なのかも知れないが、アウトソースしたリソースに対しての文化継承という点については難しいのではないかと感じている。多くの機種開発を異なった開発リソース投入という形で成し遂げてきた場合に世代交代がスムーズに行かないというように見受けられる。アウトソースした人材達を社員のように手厚く管理指導したりしても、アウトソースした人材同士のコミュニケーションを支えるに必要なプロパーなリソースが無ければ正しい技術蓄積や文化形成に繋がらないようだ。

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業界独り言 VOL291 技術革新は、何を目指すのか

五年勤続の記念ギフトの案内がメールで届き、記載されていたイントラネットのリンクを通じて記念品を選択するようにというメールが届いていたのは昨年の11月頃だった。実際に勤続年数が達したのは九月のことだったのだが、外資の会社での中途入社のメンバーばかりで構成されていると日本の会社のような創業記念日に祝いを受けたりするという構図にはならないのである。年末には選択した立派な木製ダーツボードがアメリカから届いていた。中国製とかかれていた立派な品物だったが、貿易は米国に輸入されてから、日本に発送されてきたようだ経済を回しているということには繋がり活性化の一助にはなっているのだろう。年が明けて、米国本社から五年勤続の表彰状が贈られてきた。日本ではたかが五年でと思うような期間であると思うのだが、転職などのオファー条件で提示されるストックオプションが全額処分出来る時期とも重なりある意味で大きなターニングポイントであるわしい。今までの数限りなく届いてきたメールの中には、五年の年季があけて次のステップに踏み出していった仲間もいたし、そうした話を寂しそうにしていた仲間もいた。

Quad社のような技術追求型の会社の中で仕事を続けていると、どんどん新しい技術が入ってくるし、またそれに呼応して組織も変遷していく。大切なことはビジネスを続けていくためにどのようにしていくことが必要なのかどうかということを徹底していると思う。1Xで立ち上がった会社ではあるものの、主要なリソースを3Gに向けて大きく広げていく舵取りをしている。アプリ拡大という要請の中でアプリプロセッサとしてのアーキテクチャ開発研究も実際のビジネスの渦中に実践して提言をしてはみたもののOEMの触れてはいけない領域に立ち入ったと映ったらしく、立ち上がらない技術となった。ビジネス範疇の中で在るべき姿を追究していくことから出てきた路はワンチップとしての追究ということでもあった。ワンチップとして出来上がるのがベストであり、その延長上に別の意味でのアプリプロセッサなどが必要になっていくという図式を描きなおして基礎追究成果をワンチップ環境の上に書き直していった。

異能の技術の系譜としてアプリケーションオリエンテッドの事業部で進めてきたアプリケーション構築の為の協調型バイナリー実行環境の技術と第三世代としての無線システム構築技術追求の姿が融合しあう時代がやってきたようだ。通信キャリアの違いなどを抜きにして共通の技術と思えるUI開発というジャンルの技術追求というワークは、仕様書の書き方から含めてのUML記述で機能モデルを書き表したいという要望などが一つの方向なのかもしれない。そうして生成された仕様からコードを生成すればツールチェーンは完成だといったのりが聞こえてきそうです。10年前に取り組んでいた当時の先進通信端末開発というキーワードでも、今考えると稚拙ながら挑戦はしていたように思い返す。機能仕様を実際に動作させようとMacintoshのHypercardで書き起こしてリアクションなどがビジュアルに見えるようにというようなことをしてみた。当時開発していたスクリプト言語は、エージェントとして動作するように設計されていて常駐型アプリと飛来型アプリというような構想の下にしていたことを思い起こさせた。

残念ながら神戸の震災やらと遭遇したりしつつ、この開発自体はフリーズドライ状態になってしまったものの携わってきたエンジニアの間では、期待値がそのままに記憶の片隅に残っているようだ。最新の携帯端末開発最新事情という見方をすると、当時はスクリプトを開発しつつもソフトウェア開発環境としての仕上げのワークや、実装の観点からのウィジェット部品などの追及やらと最近の仕事と符号する部分も多いように思い返す。当時の皆さんのご賢察を有りがたく思い返しています。私の中に残ったイナーシャでプロジェクト凍結後に出来たことは組み込みJavaでの機能仕様から実装までのツール連携ということでしたが、それも志なかばで止まってしまったように思えます。中々時間も掛かりつつ、実際の開発に展開できない場合にはこうした技術が表に出にくいというメーカーとしての事情が出てしまうからでしょう。それ以上にリーダーとしての私の資質が不足して周囲の説得などに当たることが出来なかったからということが、大きな理由だったのでしょう。

周囲の状況と乖離してしまうような中に現場を置いてしまい、周りとの理解がずれてしまうことでは決して仕事はうまく行かないものなのでしょう。最新技術の追求と共に伝道者のような語り部をおき、啓蒙活動を続けていく大きな意味でのチーム活動が必要なのだとも思います。大きな懐のリーダーの配下で蓄積されてきた開発資産という見方をすると、確かに開発者の意識や資質も充分に育っていったのではないかという確信がもてるチームも居ました。そうしたチームを目指してはいたものの、自身がリーダーたる資質に欠けていたのだなあと思わざるを得ません。技術革新の追求の目的を明確に訴えてロードマップと共に追求してきた成果は、最近のビジネスではベンチャーの自立から売却までという流れが一つのアクティビティともいえます。ベンチャーとして独り立ちを目指すような尖がったテーマを追求して、会社の売却に繋がったという流れは、まさにそうした切磋琢磨の結果だといえるのでしょう。こうしたリスクを日本の社内開発で中々取れないのは会社としての開発投資というものの考え方が変わってきたからでしょうか。

ベンチャー的な仕事、いわゆる楽しくなるような、熱くなるような気持ちが持てる仕事というのは、リーダー次第で進められるものだと思うのですが会社の屋台骨を支える端末開発事業の中での責任範囲をこなすので一杯になってしまうということも多いのでしょうか。開発環境などの追求をある意味で長年手がけてきた結果として、今ではQuad社としてのパッケージあるいはソリューション展開のお手伝いをしている訳ですが、内容としてはまだまだユーザーニーズに応えられていないかなという思いもあります。また最近では開発の効率向上という目的で新たな開発環境あるいはプラットホームへの移行が叫ばれて知己の多くがそうしたプロジェクトで忙殺されているようです。効率向上という目的と以前と同様な事までを達成するのが大変という事情は何かおかしな気がするのですが、誰かに聞いてみたい気がします。携帯電話を開発するために作られたOSの筈なのに、「今までの機能実現をするために必要な部品が不足して100億円以上の開発費を投入して整備が出来ました」という会社もあったようですし、ではそれ以降は順調に開発が拡張していけるということなのでしょうか。

CPUの処理性能が向上してきたのは事実で低消費電力と高速化の達成とが出来るように半導体の製法が進化しています。しかし、そうした性能向上をどのように生かすのかという視点での技術追求が果たして為されているのでしょうか。開発効率あるいは端末付加価値といった視点で、実際のプロジェクトが推進されたり中止されたりします。そうした中で何が鍵かと言えば、皆さんはソフトウェアの開発が鍵だと仰っています。確かに3Gプロトコルの開発は大変だったのでしょう、でも実際にQuad社も含めてそうしたワークは完成度があがり次のステージに移ろうしています。3GPPでスタンダードの改版があり将来を見据えてまだまだ仕事がありますという人もいるのでしょうが、果たしてモデムプロトコルが開発の難しさの中心にはいないはずです。懸命にそうしたワークを追求してきたQuad社のチップセットを利用した中国メーカーが半年ほどでニートな端末を作りえる時代になってしまうのですか。アプリケーションとしてのテレビ電話や国内キャリアの非標準的な仕様のネットワークでの接続性までも達成できた今、メーカーとしてやるべきテーマは違うはずだと思うのですが・・・。

かつて携帯端末で何をしたいのかという理由で、スクリプティングやエージェントで熱く楽しんでいる研究者達が居ました、そうした開発成果を生かしてビジネスとして活用できるような端末やインフラを構成したいという思いを持ちました。未だに、まだそうしたところまでは達成出来てるとはいえないようですが、勝手アプリの世界で少し似たようなことは出来るようになってきたかも知れません。今、端末開発の現場で起きていることを考えると1000台程度の企画台数の専用の携帯電話を起こすことなどはQuad社のバイナリー環境やキャリアの標準化構想の中でもミート出来る技術とはいえないようです。今年、各通信キャリアが目指しているのはそうした端末競争の次の段階としてもっとカスタマイズが可能なUIを実現するための技術だといいます。フラッシュのUIなどがフォーカスされてはいるようですが、果たしてメールやブラウザの開発などにもミートするのでしょうか。きめ細かなUI開発をサポートするWYSIWIGでDrag and DropなVisualStudioのような道具も登場してきましたが、果たして開発効率の向上という観点でそうした技術で達成できるのでしょうか。

面白い事例となるような事件がありました、国内の通信キャリアに新しいUI技術の説明にいったのですが、ある意味でCPUの高速化という流れも含めてその技術の目指していることが今までのUIソフトウェアの開発スタイルからいうと革新的であるという評価が為されたようです。残念ながらそうした技術が動作する環境がQuad社固有のバイナリー実行環境であるということから、彼らの顔色が無くなりました。今まで共通化として進めてきたプラットホーム路線とミートしないと考えたのでしょう。彼らから出てきた質問は、ライバルの技術を教えてくださいという内容でした。私たちは彼らが想定していたであろうものと同様なものを説明して、リアクションとしてはある意味でしょげてしまったようでした。大きな誤解があるようなので、Quad社のバイナリー環境自体がチップセット依存あるいはプラットホーム依存をしていないことをロードマップも含めて少し話をすると嬉々として顔色満面になられてミーティングの後は、エレベータホールまで挨拶に来られてしまう状況となりました。まだまだ技術としての展開にはビジネスモデルも含めて課題はあるものの、現在の携帯電話の開発での課題を解決することについて大きな手ごたえを感じることが出来ました。

技術革新が目指す過程で最後に、その技術の結果が実はUIの仕様追及などをしている国内トップの通信キャリアの方達の仕事も失いかねないようなことに繋がってしまう可能性もあります。この技術追求の結果は、人柱となっているような開発の蟻地獄に朗報をもたらすものかもしれませんし、意義の無い仕事を失ってしまうことにも繋がるでしょう。実際には今まで対応が出来ていないような端末開発にも対応が出来るようになり開発効率も上がり八方まるく収まるかもしれません。しかし、技術革新の歴史を紐解いていくと必ず技術革新による結果として度々繰り返されてきたシーンがあります。こうした動きのなかで、自分達の進めている内容がより高次な形で活躍できるのは確かなので、また新たな再生が始まるのだろうと思っています。こうした新しい技術革新はUIのみならずに今年色々な部分で出てくるものだと思いますし、Quad社自身そうした流れの変化を嗅ぎ取りシフトして対応して、また脱皮変容していこうとしています。楽しみな一年になりそうです。

業界独り言 VOL290 プラットホームの行く末には

昨年の冒頭に内心考えていた、年内の独り言の300号達成という目論見は達成できなかった。残念だが、確かに最近低下してきた最近のアクティビティは寄る年波のせいだとは考えたくは無いのだが・・・。Quad社の私がある意味で精神的に疲れたりしているようでは、本当に大変な仕事に邁進されている知己たちからの毒殺でもありそうな状況である。まあ冗談は抜きにしても、最近ようやく噂の端末開発を終えようとしている仲間たちを囲んだ新年会でも企画してはいかがでしょうと労わるメールが届いたので、早速賛同者を募る旨のスレッドを掲示板に立てたのだが、果たして何人集まることやら。

プラットホームという言葉が最近の3Gを取り巻く環境では、通信キャリアも端末メーカーもチップセットベンダーも皆が口を揃えているのだが、興味深いことが最近起こった。Quad社においてチップセット評価用の端末を製造していることは、ご紹介したかも知れないのだが最近のプラットホーム展開の中で特に指名されているわけでもない。一つの実装例として、ここまでの機能がありますと紹介するあるいは機能確認をフィールドで行うための端末ですということで通信キャリア向けに提供しているレンガとも呼ばれるような無骨な大きさの端末であった。実際にメーカーが物づくりをしていくうえで、ある意味で実装サイズからも参考になるようなものでは決して無かったのだ。

いま、とあるメーカーが中国のデザインハウスで設計した端末は、リファレンスデザインを踏襲しつつも、そのコンパクトな形状ゆえか、そぎ落とした機能美というべきなのか3Gのテレビ電話としての機能を搭載した上で基本を抑えた挑戦をある意味で行なった成果でもある。この端末が、通信キャリアなどで評判が良いのである。実際にみてみるとQVGAサイズと映る液晶のサイズも実際の解像度はQCIFでありQuad社のリファレンス端末同様なのである。しかし現物として出来上がりでいえば満足のいく仕上がりである。無論、大味な仕上がりだという声もあるだろうが、完璧に仕上げることにとられていて品質過剰として、実際の商機を逸するような正気の沙汰とは思えないような状況よりは遥かによいと思うのだが。

ざらついた仕上がりという感触について、おそらく国内のメーカーでは耐えられないということなのかも知れない。機能は前よりも高く、完成度は高く、納期は限られた範囲で仕上げて欲しい・・・。そんな状況の中で、慣れてきたプラットホームからの切り替えを迫られて物づくりを進めていくことになり、以前以上の結果を求められているのは無理難題ということかも知れない。携帯電話の開発効率を高めるべく進められるはずのプラットホーム切り替えでありながら、足枷のごとく捉えられているということではないにしても、協業という形で分業してでも仕上げていくということになるのだろうか。エンドユーザーからは見えない、開発方法論の差異などは、ある意味で機能追及が停滞しているというふうに映りもするだろう。

ある通信キャリアがLinuxを採用すれば、自社も追従すべきかと考える通信キャリアも居るだろうし、「オープンソースが望ましい」というフレーズだけを取り上げて開発方法論の切り替えを求めてくるような短絡的な意見まで出てくる次第である。国内の通信キャリアからWindowsでやって欲しいと言われないのはVirusなどで懲りた経緯なのかどうかは不明であるが、モデムもクローズでアプリもクローズでは開発に収拾が付かなくなるということなのだろうか。携帯電話と事情は違うものの、政府のオープンソース路線に引きずられて単なるWindowsのライセンス料金などの問題のみにフォーカスして、あたかも安いシステムが構築できるということでシステム構築しようとしてきた流れの中で現実のアプリ開発が停滞している事実もあるようだ。

結局のところ、windowsベースで構築してきたアプリをJAVAやLinuxで置き換えていくことの本質としてアプリ開発が利用してきたWindowsAPIの代替案がないことのようだ。オープンソースで成功してきたという事例があるとすれば、自らがクリエイティブにアプリすらも開発していくというスタンスの仕事かもしれず、最近のCGベースの映画製作などがそうした事例になるのかもしれない。となりの芝生ばかり見ていても仕方がないのだが、携帯電話で最近起きているプラットホーム切り替えの選択をしたメーカー同士が結託いや協業するというのも、従来のプラットホームで構築してきたライブラリ整備をするために要した開発コストの共有いや分担が目的なのかも知れない。協業しているという会社にしてみても、多様な可能性の追求をしているのも実情のようだが、ふっきれた開発を出来るのかどうかはリーダーの資質と自由裁量を許す社風なのかどうかによるものかも知れない。

開発がある程度見えてくると、社内の競争相手との弁論合戦に移るらしく自分の論陣を張るための資料要求などが出てくるのも致し方なたところだろうか。欧州向けということで他社チップセットを選択してみたところで、かならずしもスムーズに開発が出来るのかどうか別問題らしい。ある意味でWCDMAのOEMメーカーから嫌われ者の烙印を押されている観のあるQuad社のワンチップソリューションを選択して評価するメーカーなどの場合には、ローエンド向けとしての位置づけで評価するということでしか、始められないというのが実情なのだろう。結果としてミドルクラスの端末機能が出来てしまったりすると、その会社の中での暗雲が立ち込めたりするのは日本メーカーならではの政治的な風土などがあるからなのだろうか。両天秤に掛けるという裁量があるのならば想定されたケースの一つだと思うのだが・・・。

正月明けとはいえ、新年度に向けて各メーカーや通信キャリアが新たな展開に向けて色々な要望が出てきているのは、勢いのあることでよいことだろう。ようやく世の中にはLinuxやSymbianの端末がメジャーリリースを始めていて、これから続く世の中のベースとなるのかどうか興味深いところでもある。知己の会社のSymbian端末が欧州モデルとしてリリースされたという記事があり、昔携わっていた同僚に確認すると永い開発期間を経ての成果だといい、自助努力で販売するしかないのだという。開発期間の短縮の先鋒として登場してきた携帯電話専用のOSを利用しても時間が掛かってしまう現実には、なにかビジネスモデルがどこかで間違っているのではないかと思ってしまう。チップメーカーが、そうしたOSの組み込みまでをサポートしたとしても実際の物づくりの過程で必要となることには移植組み込みだけでは済まされない事情があるようだ。

かつては、プラットホームの移植や評価を星の数ほどしているのではないかと知己には冗談をいっていたのだが、実際にそうした全方位外交をしていたようなOEMメーカーも、少しずつ実際の端末を着地リリースさせつつということが求められていて膨らんだ仕様の実装解決に苦労を続けている。現在のモノリシックな構成ではなく、OS9やQNXのような動的な真のモジュール化を達成できる構造などを目指していくというのが流れの一つだろうし、これまでのソフトウェアアーキテクチャーとのシームレスな移行を提案できるような仕組みが無ければ、知己たちの期待するプラットホームとはなりえないのだろう。国内トップのキャリアもマイクロカーネル仕様であることを要求仕様に打ち出す状況なども含めてプラットホームベンダーにとってはチャンスあるいは転機の年となるのだろう。多くのユーザーや実装アプリを抱えている現在からの移行や、より魅力的なアプリ開発に向けての新技術提供が期待される新年となりそうだ。

新年早々に、中国のお客様のサポートに訪れてみたものの、半日のミーティングの後は、何故か西欧人ばかりが客となっているタイ料理レストランでお客様と夕食をとることのみになった。帰国のフライトが早かったので、折角ホテルで用意されたフルコースのアメリカンブレックファストも食べることが出来ずに空港のラウンジでカップヌードルを啜るという残念な経過となった。駅前の立ち食いそばやで食事をとっているような状況を解決して、もう少しゆったりと、しかし確実にテンポよく開発を進めていくための支援をしていけるように今年はしていきたいと思うのである。四回も北京を訪ねてサポートをしているのに、いまだ、天安門広場も故宮も見たことがないのである。UMTSのみならずCDMA2000もサポート対象としてプラットホーム依存部分の仕事を中核にすえるという自身の体制変更もあり、今年は相当に変化のある年になりそうである。知己たちとの新年オフ会なども楽しみにしつつ頑張っていきたいと思う。

業界独り言 VOL289 この指とまれ

不況の中で、携帯業界も様変わりをしつつあるようだ。正確には携帯業界が不況だとは思わないのだが、世の中の仕組みの変化に追従できずに対応しかねているということだろう。チップ作りを生業にしている人にしてみれば、毎年とにもかくにも端末切り替えをしてくれる市場がどこにあるのだろうかということにもなる。無論そうした端末切り替えを支えていくための機能実現やコストダウンの要請が厳しくなっていくのは当たり前の話であり、その為の技術追求や研究が各社で為されてきているはずなのである。単なる件名消化のために、協力会社の技術やリソースに頼って作り上げるような仕事の仕方が通用するのは建築業界くらいのものではないのだろうか。携帯バブルの時代といわれていたときにはそうしたビジネススタイルも許容出来たのかもしれないのだが、そんな時が長続きするはずも無く沢山の開発を通じて、育成してきた社員リソースを駆使して最新技術で物作りに邁進していけば良い・・・はずですね。

まあ、開発リソースの投入の仕方が変わってきたように映るのは今年に入ってからの傾向でした。従来であれば、端末メーカーとの仕事に忙殺されているはずのソフトウェアハウスの仕事が、ミドルウェアベンダーなどに移り変わってきていたからです。ソフトウェアハウスの方が横展開あるいは新規事業的なアプローチを始めているのも、そうした表れなのでしょう。実際に新しいビジネスを模索しつつ、新たな開発を通じて、新たなスタイルでのデザイン成果一式を売るといったことを始めている事例などが始まっている。いわゆる、「この指とまれ」といったスタイルであろうか。横展開を自在に操ろうとしているベースには、デザインハウス自体がチップメーカーとの間でソフトウェアのライセンス契約を行い、自らの手で評価設計を行い顧客のニーズに基づきカスタマイズを受注するというモデルになる。さらに進んで生産をEMSに委託してその生産システムの為のソフトウェアまでも受託するといった動きもあるようだ。

実際にそうした、真っ只中でのサポート仕事を通じて国内への波及は来年からかしらと思っていた。北京に赴いてそうしたスタイルで開発されているお客様やデザインハウスのサポートを先だっての週末に行った。急遽の金曜日のミーティングだったのであるが、案の定半日では済まずに翌土曜日もデザインハウスでのサポートをすることになった。急な延長で土曜日の夜は予定が空いてしまったので、北京で仕事をしている別の端末メーカーで働く知人と夕食をとることになった。およそ10年ぶりの再会ではあったものの互いの過ごしてきた時間のギャップを埋めつつコーヒーを飲みつつ談話となった。北京で3G開発の仕事を進めている知己にとっては、やはり前向きな開発を進めているベンチャーデザインハウスからの打診なども受けていたようで時期などを確認してみると、国内メーカーとの仕事受注が確定してからという時期に符号していたようだ。色々なチャンスで前向きに仕事を広げるための画策をしている姿はベンチャーらしいといえる。

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業界独り言 VOL288 横浜事変

国内で相も変らぬ通信キャリア間の開発競争を続けている間に、開発成果の実を挙げている新しい開発の流れが海外で立ち上がろうとしているようだ。端末開発という仕事が、共同開発をしても採算が取れなくなってきている国内の事態とは何が異なるのだろうか。開発費用という観点で追求してきた流れが共通プラットホームの上でアプリケーションの流通を図ろうとしている動きと、現実にはすぐに選択できない方法論を実証実験として取り組んでいる動きなどを巧みに織り交ぜている会社もあるようだ。無論成果がよければ切り替えていくための開発投資という見方をすれば積極的な取り組みであると私には見える。現在に流されたような仕方で開発を進めているような仕事のみではエンジニアのリサイクルが必要になるだろう。

開発管理という意味を追求していくことには、真の競争力を追求していくことにリソースを最適化していくということに他ならないのだろう。開発の主要メンバーが中国に移動して渇をいれながら新たな開発協力会社を育成していこうという仕事も一つの方策である。国内の状況だけでは見えてこないこうした様々な状況を正しく社内に展開して理解が得られているのかどうかは別の意味で技術管理としての課題である。社内エンジニアが自社の開発方針、技術指針に対して疑問を投げかけられているような事態となっているのでは勿体無いのである。リーダーエンジニアからのアラームが経営陣に届かないでいるような事態はありえないはずだ。

まったく自社リソースを掛けずに協力会社のリソースのみで開発の新しい姿に挑戦しようとしているのも凄いことだ。国内での開発管理経験を適用して、アジアの技術開発協力会社との協調に取り組んでいる。プラットホーム提供元との接点を国内の子会社を通じて行なうことが必要なので、なかなか主体的に取り組めなかったりするのは課題でもある。アジアの技術開発協力会社がODMメーカーとしてデザインを提供するというスタイルが始まってきた。CDMA2000もUMTSも実際の商品が出始めているのだが、いずれも中国からだ。まだまだ日本のメーカーから見れば稚拙に映るのかも知れないが侮れない事態だと理解するべきだ。彼らは、開発実績と低価格を武器に多くのクライアントにデザインを共有提供しつつ、更なる独自の技術蓄積を果たしていくことが出来るからだ。

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業界独り言 VOL287 簡単なことが難しい

師走を目前にしてサンクスギビングやクリスマスカード、年賀状の手配といった行事への対応が要請されはじめる時期となった。日程を押して徹夜をしてまでのサポートに嵌ったりしているのだが、どうにも簡単なはずのことが中々出来ていないということばかりである。確かに様々なお客様が取り組んできたバラエティに富んだ端末やソフトウェアを見ていることから、隣の芝生が青く見えてしまうキャリアや参加してくるお客様が増えてきていることも事実なのだ。誤解ではないにしても、理解不足な点は否めないのは事実だろう。全てをQuad社が実現している訳ではないし提供している部品群の上に立脚して今までもミドルウェアを移植実装してきたOEMメーカーでの地道な実績やノウハウがあってのことである。そうしたノウハウの全てをQuad社が知りうる筈もないのである。差別化の部分というか、お客様のカスタマイズの範疇としてきた部分には、お客様の範疇の仕事があり、プライスレスな今までの成果というノウハウの部分となっている。

Quad社が提唱してきたバイナリー環境の認知度も高まりを見せてきていて、お客様のアプリケーション設計を全て賄えるところに届こうとしている。チップ事業部が提供しているソフトウェアパッケージも呼応する形に変化してきているし、最近の新しいお客様の求めている姿は新聞紙上を賑わすような、自社開発路線からの切替などを機軸に出来る限りアウトソーシングの上で製品開発が達成できるようにという彼らの姿からも窺えるのである。とはいえ、日本の携帯端末の奥深さをQuad社だけで達成しうると考えるのは早計でありミドルウェアメーカーとの連携などの上に拠って実現されるものとなるのは明らかである。お客様自らの社内の経験値やノウハウを利用して自社開発していたのではコストが合わないということであれば、アウトソーシングしていくなかで如何に活用できるのかという点が鍵となるはずなのである。日本の携帯端末開発地業界では、既に自社仕事という内容事態が衛星会社を通じての実務となっていて事業推進母体となっている親会社の指導だけでは活用が難しいということになるのだろうか。

なんでも出来る限りのサポートをして欲しいという要請が出てきたのは、中国向けの端末開発を検討しているお客様からだった。まあ世の中に残された大きな市場というもの自体が中国にしかないというのも事実なので、新しい市場に向けて新しい仕事の仕方で臨みたいというのは自然な姿だといえるのだろう。理想を掲げて、管理のみで新たなビジネスを立ち上げられるのかどうかはお客様のお手並み拝見という所でもあるものの、サポートする立場でいえば通常のお客様以上のサポートをどこまで提供するのかという点については戦々恐々としているところでもあった。新規な戦略提携としてのお客様開拓という目的に提示した内容は限られた内容であり、ドライバーのサンプル提供などで済むはずだった。自分達の分を超える作業については、拡大してゆく市場を見据えての適応策をとりつつの取り組みもQuad社が考えるサバイバルゲームへの対応だった。サポートしていく範囲がお客様以外にも広がってきたのは戦略的な取り組みといえるので前向きなりソース投入であり、けっして後ろ向きな取り組みではない。

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業界独り言 VOL286 匠の技にも限界がある

組み込み業界以外にも匠の技が多くあるのは日本の特質だったかもしれない。以前、欧州で列車の正面衝突が起こった際の事故原因を確認したところ、時刻表どおりに走ったら必然の衝突だったというオチだった。日本の列車ダイヤの正確性は、世界に誇るものであったらしい。最近の列車ダイヤ改正で、定期券でグリーン車に乗れるようになった。この一環でSUICA内部にグリーン券情報が書き込まれるサービスが始まったりとデジタルデバイトを進めているのが見て取れる。便利とは裏腹に、合理化でのコストアップを棚に上げて車内改札の料金アップをそれとなく始めてみたりといった状況である。確かに車内改札で1000円で駅で購入すれば750円なのだからお得だといえるだろうし、以前の方法論でいえば定期券の場合には切符も買いなおす必要があったのだから安くなったという意見もあるのだろう。

他方混乱している実状もあり、SUICAを個人用のIDとは考えずに財布だと思っている人たちにとってはSUICA専用のグリーン券購入機という端末がホームにあるのだが、これでは二人分のグリーン券を購入することは出来ない。便利そうで不便な機械を設置しておいて、デジタルデバイドされた人たちには、高い車内改札を選らばせるか、いったん改札を出てもらい切符を買いなおさせるのである。便利な仕組みであるのだが、融通の利かないシステムを構築してしまっているのが現実である。もっともスマートなシステムのユースケースに合う人であれば、SUICA定期で通勤していて疲れた帰宅ではゆっくりとグリーン車で座って帰るという選択をホームで行い、余分なチケットも発行されずに降車駅までの区間情報つきのグリーンデータが書き込まれたSUICA定期を見つけたグリーンの座席の上部のマークにかざすと降車駅までの間は改札無用のランプが点灯するのである。

こんな便利なシステムを導入しているのがJR東日本の最新車両なのだが、匠の技を駆使した最新車両とそのサービスを堪能できるのは、やはり匠の技で組み込まれたダイヤの間隙と貨物線の活用という大技で実現した湘南新宿ラインという形態になるのだ。幾つかの沿線を束ねて接続しているのが湘南新宿ラインの実体なので、昨今の不透明な世情や不順な天候などとが相俟って中々安定な運営が適わないという事実もある。二つの異なる系統のラインを結ぶのは所謂埼京線と東京メトロライナーが走る旧貨物線であり、宇都宮線と高崎線、そして東海道線と横須賀線という多様なラインを結んで実現しているのである。これだけ異なったラインが重畳して運営しているさまは緻密に組まれたダイヤの魔術師の成果といえるだろうし、人身事故や天候の影響を受けやすいのも事実である。現在の日本の不安定な世情で毎日のように人身事故が続いているような状況ではまともな運転は望めそうも無いのである。

ぎりぎりのスケジュールで組まれたダイヤで運転している状況で必要なことの一つには、突発事故などへの対応能力も求められている筈なのだが・・・。実態としては、平身低頭謝るホームでの顧客渉外担当と、謝る理由を新たに生み出す混乱した情報を撒き散らす運営だったりもする。なにかの事故で始まったダイヤの乱れに対して、どうも線路を借用して運用していると映るのは湘南新宿ラインになるようだ。「次の大船行きは、新宿を出ました」「いや、次に到着するのは新木場行きです。」「大船行きは池袋に到着しました」「大崎行きが池袋を出ました」・・・「大船行きは、池袋で止まっております」「湘南新宿ラインの運行は本日は見込めません」などといったい何が起きているのか判らないという状況で30分以上ホームに待たされているのである。事の起こりは、何だったのかは別にして何故このように運行できなくなるのかはシステムが出来ていないということなのだろう。折角買ったグリーン券情報が無駄になりはするものの走りそうも無いのであきらめた。

湘南新宿ラインに限らずギリギリで運営しているのは、端末メーカーやソフトハウスでもそうなのだろうと思う。何かの打ち合わせばかりが続いていると開発がストップしていたりするのはそうした事の裏返しだったりもする。まあQuad社にしても、そうした傾向が出てしまうケースがあるだろう。お客様のサポートとして米国にお連れして特急処置をしたりすることもあるのだけれども、その裏返しとして開発運行計画に支障が出たりしてしまうことになる。余裕が持たれて吸収できる場合もあるだろうし、個人毎の休暇スケジュールなどから折り合いが付かない場合も出てくる。無論休暇をとり家族との暮らしのために会社で仕事をしているというスタンスのメンタリティがメジャーなので、休暇をとるために自分の責任を果たそうと追い込み仕事を完成させていくという風潮もある。こうした感覚は日本の長屋的な雰囲気のメーカーには見られないと私は感じる。そうした感覚の技術者がいると浮いてしまいがちになるのだと思う。サービス残業でずるずると出来る人ばかりが仕事が集中してしまうというのはおかしいし、出来ない人が帰っていくのもおかしなものだし、中々日本の就業環境はぬるまったい感じがする。

突発事故が続き、まともな運行がままならないように見える湘南新宿ラインにも拘らず東急東横線の特急と勝負するかの如き広告を打っているのは可笑しなものである。まあ、お客様からそうした声がQuad社にも投げかけられているかも知れないので、地道に処理対応力を増やそうと画策しているのではあるが、なかなか必要なまともな即戦力の人材に遭遇しないのは何故なのだろうか。我々の要求が高いというのだと人事担当は言うのだが、果たして、ごく真っ当なエンジニアであれば採用出来るのにギャップがそこにはあるようで、このギャップを通り越すトンネル効果を期待するのにはエネルギーが必要だということになる。匠の技を伝承構築していく上に必要なのは匠の技を理解する素養のある人が一つの条件でもあるし、そのために必要なコミュニケーション能力である。最近の主体性のない若者のような感性では、いくら英会話能力に長けていたり、技術素養を示す一級無線技術士の資格などを保有していても仕事にならないという事態も目にしている。同様な世代の若者が、戦場に旅行してしまう時代なので致し方ないことなのかも知れない。今までの感性で人を判断してはいけないようだ。

開発メーカーの現場に居る方だとしても、開発から遠ざかり現場仕事としてのソースやビルドあるいはデバッグといった類から、システム仕様としての理解に必要な各種通信技術の規格の理解を時系列として理解できるような人ということを要求すると中々両立するような人に出会うことは殆どない。そうした方を擁しているのは、規模の小さな会社で取り組んでいた場合には見受けることがあり、発展を遂げていくと、そうした感性は失われて管理主体になってしまうのは、日本のソフト開発の実状なのだろうか。不幸にして、開発が取りやめられたりした会社で、閉塞感にさいなまれた人たちにめぐり合うと弊社としては有用な人材として活躍する場所が与えられるのだが・・・。お客様の会社の規模や会社のカラーなどにより中々、Quad社のようなベンチャー気質の会社との付き合い方に嵌らずに成果が出せないケースもあるのだが、そうした中でこちらから見て活躍しているように映る人材が必ずしも、その会社からの評価が高いとは言えないのも不思議なものである。会社の人事評価制度などについては、暴露本が出て叩かれている電機メーカーもあるようなのでうまく機能しているとはいえないのだろうか。

会社成績も好調な中で、まともな社員であれば皆昇給するのが当たり前というのは日本のメーカーの事例なのだろうけれども、そんな中でも成果を生み出さない社員に対しては、評価に応じて減俸にそうとうする昇給・ボーナスのゼロ査定という現実が外資としての姿としては見えてくる。まともな仕事をするという経験を持たずに、会社経験が過ごせてきた人にとってはQuad社は合わない環境なのだといえる。ゼロ査定が出た場合の意味には、次の半年で評価改善が見込めないときには好調な状況であったとしてもファイヤーということになる。退職金もないのが会社の仕組みでもあり、そうした自身の現実を対象となる人物が技術者としての期待値として何をするべきかが判らないのだとすれば、そもそもボタンの掛け違いの根は深いということになる。会社としては、求人も大変な中で優秀な人材として雇用した人物が機能しない場合には、なんとか使えるように努力するということも続けてはいるのだが、戦場に旅行してしまいかねない感性の世代には通用しないのだろうか。

人間的な素養という点の目安として、以前に既婚歴があるかどうかという点を考慮に入れようと考えていたのだが、そうした問題のある人物には共通してその点は合致しているようだ。とはいえ、まだサンプル数も少ないので基準化するのには早いものの、最近のレジメでは気になって見る点となっている。結婚などは、ある意味で勝負を打つという感性が必要な一大事業の一つだと思えるからだ。前向きに仕事をしていけるという点には、どこが前なのかは理解しているということが一つにはある。若すぎた人材の場合には彼が仕事をしているということが前向きと誤解している節がある。お客様にとっての成果を、会社としてのビジネスモデルの中で出していくように進めることが、前向きなのであって、進めた成果がなくては進んだということにはならないのである。年俸制の会社の中で残業時間あるいは規定時間分席にいたからという感性の人では困るのである。有用な人材であっても、採用条件としての適正に合わない人物の場合には悩ましい、まだ陣容が少ないなかでは中々研修時間もとれずに自立してキャッチアップしていける人を探しているのが実状でもある。

システムエンジニアという呼称がよいのか、コンサルタントという呼称が良いのか中々説明が付かない現在の仕事において、昔の職場の知り合いであっても中々伝えきれないものである。やはり、要望するスキルセットを持つ人物がいるのはベンチャー的な気風を持ちプレイングマネージャー的な仕事をこなされている方でないと難しいようだ。伝家の宝刀を何時でも抜けるように鍛錬を怠らないという気風の人などとの採用を今では次のステージに進めようとしているのだが、UMTSのリーダーとなりうる人材については溌剌とした感性でやっていきたいという強い希望を持たれる人を探している。日本の多くの端末機開発メーカーは匠の技を忘れて管理のみに走り、いつしか匠の技を理解できない状況にまで陥っているというのが現状であるように見える。端末開発に夢を語るでもなく、仕事として行なっているという姿が多いようだ。マルチメディア機能の実現などを果たしていく上でリアルタイムシステムのシステムエンジニアとしての感性や、プロトコルの理解などを合わせて活用できる仕事場と思うのだが、そうした仕事を封印してきた付けで人材の育成志向がそこから外れてしまっているようだ。

無体な要求をしてくる、お客様の姿をみていると匠の技の理解が不十分ゆえに出てくるのが背景だと思われる。どのようにチューニングしていくと達成出来そうなのかどうかということが理解できないのではないかと思うような実情に出くわし、東奔西走しつつ教育をしているような気にさえなってくる。これもお客様のサポートの範疇なのだが、そうして教育する対象の方々は何故か正社員ではない方々ばかりの様な気がする。20年近く、そうした仕事を前の会社で出来てきたこと自体が異様なことらしく、組み込みソフトという仕事をメーカーという立場で出来たのは幸せなことだったと思い返すべきなのだろうか。管理のみで実務をしないという選択に何故なってしまったのかという点については元々匠の技を理解できない人たちが決めてきたことゆえの必然の結末だったのかも知れない。今からでも遅くはないので、是非若い方達が管理に手を染めるにしても実務を離れることはないようにしていただきたいというのが経験値からの提言なのだが、匠の技にも限度があるということ位を理解できる程度には、感性を維持していただきたいものである。そんな感性をもつ私の敬愛する女性エンジニアが体制に反攻してベンチャー的な職場に転出していったのだが、彼女にはエールを送りたいのである。