業界独り言を書き連ねる事態に突入して九年を終えることになった、明日からは10年目に突入する。九年前の今日は、退職の歓送会と片づけで追われていたように当時の転職顛末に記載されている。元の職場の同僚たちには個人的な都合でという以上の認識は持たれなかっただろう。会社という環境で仕事を続けている際に、個人のモチベーションとしてどのように仕事を位置づけているのかどうかについて重要視しない限りにおいては、折角得た仕事を放棄したりすることは今の世の中の情勢では尋常ではないのかも知れない。
たまたま良い諸先輩や上司といった環境と時代背景に恵まれて健やかにエンジニアとして暮らしてきた流れがターニングポイントを迎える時代に突入するなかでエンジニアとしてあるいはメーカーとしてのビジネスモデルが成立しなくなっていった時代なのだったと思い返す。いわゆるバベルの塔の如き状況に、アナログ技術からデジタル技術に遷移する中で必要な技術(IPR)に大きな壁が出来てしまい旧来簡単に出来てきたことにのデジタル化する為の難しさがシーズとニーズの双方にギャップを生み出してしまったことだったと思う。
したがって自分自身が経験して積み重ねてきた様々な組み込みソフトウェアという流れを昇華させてデジタル時代に対応させていくということが仕事の上からは達成できる環境ではなくなったということでもあった。無論会社の期待値として、一般的なテンプレートを適用していわゆる年功序列として職制を変えさせるというのも結果としての期待される会社側のアクションだったのだろう。まあシンガポールエアラインのフライトアテンダントの如き物理テンプレートを通れないかどうかといった試験があれば、それはそれで可視化するということも含めて納得するのだろうが・・・。
成長していくデジタル化の上でのソフトウェア開発が如何にあるべきなのかという問いかけについては、世界にもあまり多くの事例が見られるわけではないようだ。問題の多くは、アナログ時代からのソフトウェアアーキテクチャー自身からの移行に際して元々のアーキテクチャー自身をクリーンアップすることが出来るのか出来ないのかが鍵になっているようだ。そうした中でデジタル化の中の通信技術としてのIPRを押さえてビジネスモデルとしての技術開発・提供・フィードバックというサイクルを達成した会社も事の本質においては、先の会社で見かけたようなクリーンアップ出来るのかどうかという事は共通の課題であると感じるようになった。
十年目を終える際に、私自身が達成したいテーマは、この環境で、結果としてクリーンアップされたものを提供できるのかどうか、あるいはそれに向けた仕事が出来ているのかどうかということになる。