QUAD社は、CDMA携帯電話のライセンスならびにチップセットの開発提供をビジネスと していて、チップセットと対になるソフトウェアで実際の電話機として必要な基本的 な機能までをカバーする一式のソフトウェアをチップの種類毎にライセンス提供して 開発費用の集約化を果たしている。色々なニーズに応えるべくチップ種類が急激に増 えてきたさまは、QUAD社にとっても正念場であろう。フラットな組織で柔軟に問題に 対処しつつ組織自身も変態しつつ対応している。基本的にソフトウェア技術者が全員 社員であるということが国内メーカーとの大きな違いであろうか。ソフト開発費用 は、ソフトライセンス料として各利用メーカーから戴くわけである。
携帯電話の端末開発にとってのソフトライセンス料は高いのだろうか。一機種で100万 台以上売るとすれば、ライセンス費用はコインを下回ることになるだろう。むろんこ れとは別に更にチップ組み込みでの端末毎のCDMAライセンスも有るが、これは本社部 門が受領する仕組みになっている。将来に向けた開発費用などはそうした原資に基づ いて本社が運用している。我々の事業であるチップ事業としてはチップ価格とチップ シリーズ毎のソフトウェアライセンスが収入の源流である。現在、QUAD社のDSPの命令 セットは非公開なのである。
非公開であるがゆえに、CDMAの処理方式のノウハウが隠せると考えたりもしたのかも 知れない。数年前のQUAD社の展示会ブースで見た記憶(転職前なので曖昧だが・・・) では一時期DSPを公開するという方針もあったりしたようだ。しかし、同様な商品を展 開してくるメーカーの登場などからか、そうしたビジネスモデルはなくなってしまっ たようだ。QUAD社のライセンスを受けて開発してきたメーカーが自社チップの開発を したりした例もあるかも知れない。実際問題IS95のチップを作っていたメーカーは幾 つか存在する(存在していたと書くべきか)。しかし、そうしたCDMAチップセットメー カーは、そのビジネスモデルを実現できなかったのも事実である。
唯一チップとして完成しえたと評価できるのは、やはり総合力のある初芝通信であっ た。他のメーカーは、結局組んだチップメーカーとソフトメーカーと実際の物の仕上 げ過程を経る中でノウハウを取得して自分自身の製品であるコードに反映していくと いうモデルに成りえなかったからであろう。研究室レベルの完成度であれば、いずれ のメーカーも達成出来ていたのだが・・・。すなわち、実環境の起こる事象を解析し て対応していくという開発サイクルを回す仕組みが機能するかどうかが課題だったの であろう。
自分達で評価ボードを作り実装し、現場で評価してお客様に提供し、お客様が利用し ていくことで、その各国で起こっている状況への対応を御客様の支援を通じて自分自 身のソースコードにフィードバックを掛けていくというQUAD社のビジネスモデルは強 力無比なのかもしれない。チップメーカーとソフトメーカーと自社とで三つ巴に苦し むというビジネスモデルでは、疲労困憊するだけなのかも知れない。しかし、そうし た実態を知りえる人あるいは実際に苦労して開発投資をしてきた人たちは少ない。
結果としてチップの開発費用や基本ソフトの開発費用の膨大さを認識していない人が 大半である。QUAD社のチップのライセンスコストやソフトウェアライセンスコストに ついて共感してくれるのはWCDMAの開発を実際に行い苦労して成功させた数少ないメー カー二社だけなのかも知れない。そうした意味においては初芝通信の開発力の懐の深 さについてはQUAD社の評価は高い。凝りもせずにチップ価格が破格だからという甘言 に乗って、結果として破綻してしまったユーザーも居る。結局余計な開発リソースの 浪費とビジネスチャンスをふいにしただけである。
私が、このQUAD社のビジネスモデルについて感心するのは支援する枠組みがしっかり と出来ていることである。ドキュメントやソースコードあるいはデータ解析の仕組み であり、自社に根付いている開発組織の強さである。無論最初のユーザーとも言える 自社テストチームも大きな位置付けである。彼らはテストのプロフェッショナルであ り最近のGSMやWCDMAなどでいえばプロトコル仕様に習熟してテストシーケンスの設計 を行うのも彼らの仕事であったりする。
テストチームと開発チームとの接点は、サポートするチームの存在である。これに私 は所属している。サポート技術者という呼称で、たとえば思い浮かぶ米国M社や国内 D社の商社などでチップの説明をしてもらったりするSEとは異なるのだ。彼らは、 実際に、そのチップを使って御客様と同じ目的のソフトを仕上げることは無いから だ。無論私達のチップを購入してパソコンやPDAを作る人が居ないからでもあるが。電 話を掛ける、あるいはデータ通信をするというCDMAの基本機能を作り上げていくとい うことについてのプロなのである。
そうした集団をチームとして活動していて同時に米国・韓国・中国の仲間達とともに 分担して幾つかの専門分野をシェアしつつのサポートをしている。母国語で受け答え するという原点では、日本事務所の担当範囲は国内の御客様であるのだが、専門範囲 という観点からは世界中の御客様を相手にすることになる。拙い私の英文メールが飛 び交うのも共通語として英語が形成されている米国メーカーならではのことであろ う。ドイツの半導体メーカーでは、こうはならないらしい。
我々のサポートを超える点も無論あり、派手なUIやゲームなどの機能を実装するこ とは少なくとも私達の仕事の範疇ではない。最近これらを行う別組織も出来てはいる が・・・。現物として仕上げられるCDMAの開発ソリューションとして唯一無二に近い ものに到達してきているのが、このビジネスモデルの強みである。初芝通信を除いて はこの境地に達していないのだ。他の理由があっての投資としての開発ではあったか も知れないが自前主義を貫かれたことについては感服する次第である。
我々サポート部隊が行う事は、実は各メーカーで起こっているシステムとしての課題 をデータ採りの方法提供やデバッグ論までを一式で提供して、それらを御客様が実践 できるように手助けすることである。そうした結果得られた精度の高い情報を開発 チームに解析依頼したり、過去のデータベースを参照したりお客様の個別条件からの 影響類推などを図るエキスパートな仕事でもある。我々のチップが長く使われてそう した技術が御客様に身に付いた場合には、他の御客様の支援の負荷が高まっていくと いう図式でもある。
しかし、毎年チップが新しく提供され機能が増えていく現在では、御客様自身の開発 スタイルもかなり制限されているといえるだろう。御客様が幾つかのチームで並行し て時間をずらして開発を進めておられるのに同時に対峙していくのは大変な仕事でも ある。我々に求められている仕事の内容として、これらの次の必要なアイテムを予め 対応策としての要素技術や方法論の整備を更に進めていくことであると感じ、仲間の 輪を通じて学ばせてもらったりしているのが実情である。
かつて通信機メーカーで自社のOSや基本ソフト開発の必要性について長く議論してき たりしたことを思い返しながら、何か似ているような仕事を続けているような気がし てならない。それと同時にそうした仕組みを事業として推進していけるような所まで は持ち上げる努力が自分として不足していたのだなと納得もしたりするこのごろであ る。自分で実証して確認が得られ再現性のあるサポートが出来るためには、チップと ライセンスとソースとサポートがバランスよく回っていくことがますます求められて いるのだ。
携帯電話という範囲で限るからこそ、システムLSIという化け物に対峙していけて いるのではないかという思いも強くなっている。PDAやカードなどといった展開に なっていくにつれて、また新たなビジネスモデルを定義しつつ進めていくことが必要 なのだろうと感じる。マイコンというような範囲に広げられてしまったら、余りにも 広範な分野で御客様への支援ということもリーディングしていくことが出来ないだろ うと思うのだ。
身の丈にあった開発から逸脱しないように、また日常の中で見え隠れしている次の時 代のビジネスモデルへの布石や舵取りをしていくためのアンテナは常に高感度にして おくことが必要不可欠である。最近続いた関西地区への出張なども次世代技術商品の 立ち上げでもあり新たな御客様との取り組みで私達のビジネスモデルの不足している 点や御客様がそれでも陥りやすい問題点などについて学ばせていただく機会と考えて 急な要請であっても「神の声」として対応しているのである。変な話であるが毎週関 西にのぞみ出張しているのは、以前のメーカーでも考えられなかった事態である。
忙しい毎日ではあるが、どこでもオフィスを支えてくれるのは、あのPHSなのであ る。開発の一環に少しでも携わった経験もあり、これを最大限利用しつつ次代の無線 通信技術の開発に従事していけるのは大いなる喜びでもある。次代の若者の育成など も学校の長期休暇などに合わせて実習教育のような範疇で受け入れるようなことも出 来てきそうな状況でもある。発想すれば実現できるのだろう。PHSに続く有用なイ ンフラにHDRを育てて行きたいと考えている。私のビジネスモデルも次々と変貌を 計画している。