昨年の六月に土地を購入して以来、一年余りをかけてようやく自宅が完成にこぎつけた。昨日は完成確認に現場を訪ねて建設を請け負った不動産会社と設計を担ってもらった設計士の方、現場の電装設計工事を行ってもらった業者の方などを交えて現場で最終確認ということになった。最終顧客であり発注側である注文住宅建築という形態は、ソフトウェア開発のそれとは似て非なるものであるように思われる。今回の発端となった土地を見つけ出して斡旋してくれた不動産会社自身がミニデベロッパーとして建売住宅などの開発をしていることなどから、その応用として注文住宅建設という事業にも手を出していたのである。ほどよいサイズの土地が手近なところに見つかったことで設計士の方を探し出したりするといった取り組みなどは素人の自分たちからすれば大変なことのようにみえた。立派なSEならぬ建築設計士にめぐり合えるのか。
事実、最近のインターネットで公開される建築設計士さんの綺麗なうらやましい仕事や、うまくいかなかった事例なども含めて様々な情報が提供される現代としては考えればきりが無いほど悩ましい。ソフトウェア開発なども、こうした失敗の事例なども公開されると良いのかもしれないのだが・・・。ある程度の妥協やおもいきりで始めるしかないと考えて、責任や契約規模をまとめることでのメリットなどを考えて土地購入をした不動産会社の建築部門を使うことにして、条件としては建築設計士の方とは直接契約をして双方の関係を独立するような形にしたのは結果として正解だといえる。当初は建売や注文住宅の範囲として仕事をお願いしている建築設計士の方の紹介を受けたのだが、ともすれば建売の方にはめようとする考え方が不動産会社に見られたために建築確認申請図面以降に仕事の仕方を変えていただいた。当初からこの姿にすれば、もう少し開発コストが抑えられたように思われる。
ソフトウェア開発と同様に顧客である私達の要望は曖昧であり、建築設計士や建築会社の方とのコミュニケーションは難しいものである。当初に行く手を阻んだのは、購入した土地の条件であった。横浜の丘や谷戸を構成するような地勢にあり、隣接する土地との高低差は最大箇所で4mほどにもなる。こうした土地の場合には、隣接する土地が崩落した場合を想定してある角度の範囲で影となる部分に保護の工事を行うか、あるいは自宅の1階部分の影となる範囲を基礎を立ち上げるような壁にするといった工法が必要となるらしかった。私たち夫婦からの提案要望は1階をRC構造にしてしまうということであった。いってみれば基礎の中に住み着いて、一階建ての木造屋が、その上に乗るといった構成である。細君の要望でもあるコンクリート打ちっ放しの家に住めるということも相まって私達の希望は一気に熟成したものの設計や建築される側の方々は、とっぴな工法や打ちっ放しの仕上がりやらデメリットについて説明を始めて懐柔しつつ、私たちの本気さ加減に納得する形で、木造兼RC造りという不思議な家が出来ることになった。
工法上のデメリットなども含めて真摯に議論しつつ自宅を建設するという事業を営めたのは、細君の希望であるシンプルな家作りを将来の老後に備えた人に優しい造りにしたいという互いの思いを最後まで通せたのが勝因であると思っている。シンプルな家作りとして、雛形となる案を作成すべく互いのコミュニケーションを良化する目的で導入したのは3DマイホームデザイナーというPCソフトであり、これを使って立体の建築プランのたたき台を作成して、建築設計士の方とのコミュニケーションを早期に達成することは出来て概観や間取りについてはうまく進めることが出来たように思う。しかし住宅を構成するコストは、実はシンプルなものを選択すればするほど高くつくようだ。この辺りはソフトウェア開発とは異なるようで大量仕入れやいわゆる一億中流意識といった日本の流れが導き出すコストは、その中間値で最大の効果を発揮するようになっていて、それ以上の豪華さ、あるいはシンプルさを追求していくとコスト高になっていくのである。
シンプルさを追求するなかで、まず細君のめがねにかなったのはステンレス無垢で出来たシンプルなキッチンセットであり、無印良品といったメーカー名がそのまま体に現しているようなものであった。自宅の間取りに合わせたカスタム設計が可能なのであるが、RC造りという条件の1階のリビング兼キッチンを構成している躯体が2階の木造屋を支えるために壁が必要な範囲で立ち上げる必要があり長方形がオリジナルのステンレスシンクも一部を切り欠いたような形にする必要があった。たまたまステンレス無垢のシンプルなキッチンと同様に再生材とプラスチックとを混入して強化したという素材をベースにした軽そうな風合いのシンプルな食器棚などもあったのでエコロジーなども考え合わせてこれらを選定していた。実際にものを見に有楽町のショップに足を伸ばしたりして確認したうえでの選択であった。ユーザーが勝手に選定したモジュールでソフトウェアが開発できるような時代にしていきたいものである。まだ独立性が不足しているということであろう。
料理好きな細君には譲れないものとして中華なべの利用があり、これには最近のお洒落な電磁加熱などは適わないのである。シンプルなステンレスキッチンの適用例として採用されていたのはロジェールという会社のフランス製のコンロであり、中華料理などの炎の料理をするとは思えない暮らしぶりにはあうのだろうけれどもゴトクのようなしっかりと中華なべをホールドすることなど考えられてはいなかった。こんなやり取りを建築設計士の方に相談すると料理屋のように普通のゴトクを置きますかという提案なども出てきて迷走状態となってしまった。細君の大嫌いな魚焼きグリルの無いクックトップで、中華ゴトクがのるようなものという条件でインターネットから探し出した答えは、二つあった。一つはドイツ製のゲオルグという会社のものでかなり高価なもの。もう一つは米国製のマジックシェフという会社のものでこれが四つ口で価格も手ごろということで実際に湯島天神そばの代理店までものを確認して決めていた。
段差をなくした設計をお願いしたのは、将来を考えた配慮であり、実際問題、数年前に椎間板ヘルニアを患った細君の経験からでもある。ヘルニア発症で鍼灸などでしのいでいたのが悪化したのはユズのコンサートやイエローモンキーの解散コンサートだったかも知れないのだが・・・。緊急入院して手術して一段落しているとはいえ、狭い敷地での急峻な階段で構成される三階建てという暮らし方が自分たちの老後にまで続くとは思えなかったからでもある。サザエさんのような平屋の家を構築するには手に入る土地が狭すぎるのであり、ようやく見つかった土地が提供できる範囲からも二階建てはやむをえなかった。吹き抜けのリビングダイニングと寝室兼作業スペースそして掘りごたつのある四畳半の和室と納戸という構成プランをたたき台として希望していた。懸案事項である階段は出来る限り緩やかなステップということをお願いした。開発に必要なのはテーマであり明確な要求事項である。シンプルな設計で老後を配慮というのがテーマの住宅となった。
吹き抜けを見下ろせる寝室兼作業スペースは、リビングダイニングの吹き抜けから見下ろす形で大きく開放したわくに繋がる長い一枚の厚い集成材で構成してもらう作業机が造りつけてある。緩やかな階段で繋がった部屋には寝室と長い作業机を機能的に配置してもらい無駄なく使えるような工夫をしていた。普通の家と異なる点には電気配線の特殊性もあるかも知れない。FTTHが似合う家ではないが、ワイヤレスで賄えないスピードを確保する意味も含めて五箇所ある機能コンセントには、CS/BS/電話/FAX/LAN/電源がセットとなった特製コンセントにしてもらった。ある意味で事務所になりえる構成も想定していたし、ネットカフェの雰囲気にもなるかも知れない。長い机の左右にも機能コンセントは抜かりなく配線してもらった。老人二人の電脳住宅といえるかも知れないし、近い将来のコンサルタントライフなどを視野に入れた設計ともいえる。
エコロジーの時代でもあり二十年近く使ってきた冷蔵庫や洗濯機もリニューアルの時を迎えていて、ノンフロンの冷蔵庫やらを想定して探し始めていたのだが、細君の眼を射抜いたのはヨーロピアンイエローともいえる黄色の洗濯機が始めに決まってしまった。ドラム式全自動というコンセプトの三洋の洗濯機ルネッサンスというような製品には、二槽式命と語っていた細君の気持ちを地動説の如く裏返してしまった魅力があるようだ。完成以前から買い込んでいて半年以上も我が家の廊下を梱包のまま占拠しているのである。冷蔵庫についても三洋電機から同様なビビッドなイエローのものが出ればよいのだが、あいにく色はあるもののアメリカンなサイズの冷蔵庫であり新築の我が家にも置く余地が無かった。なかなかニーズを満たすだけの商品群とまでは行かないようだった。ユーザーの価値観が、これほどまでに覆るのを間近に見ると恐ろしいものだなとつくづく思うのである。