業界独り言 VOL377 チップ屋の思惑は・・・

世の中が不景気になる中で、過去の方向性が修正是正されていくことはままあることだ。アプリケーションの互換性を議論するに足る使いやすいプラットホームが登場すれば、見る間にアプリケーションもユーザーも付いてくるというのがiPhoneなどで分かったことである。箱根細工のような緻密さと思ってきた国産の携帯の実情は、実は熱海の温泉宿の状況だったともいえるだろう。柵と、その先にある未来にわたる架け橋を構築することは、ほとんど誰もなしえていないのだろう。全くの門外漢として柵なしに構築してきた事例は確かにあるのだが、柵の中から解決策とともにシームレスに改善を見せてきたことはないように思える。

アンドロイド端末の登場で不景気な中にも、活況を呈しているように見えるのは開発の中にあった柵が淘汰されて、インターネットで結合されたような状況に組込み事情が変化しようという胎動なのかも知れない。知己も含めてアンドロイドをケータイのための物だとはほとんど思われていない。無論ググって開発するようなスタイルの中で誰もが開発に参加をするような状況になる・・・。これではプロプライエタリな世界を構築してきた流れなどからみると共存が難しいのだろう。ムーアの法則とWinWinな関係でデバイス開発とリソース使いを拡張してきた・・・。こうしたエコロジーから外れた取り組みは切り捨てられようとしている。

ケータイとPCの鬩ぎあいから、接点上のスマートフォンあるいはUMPCといったボーダーライン上の端末の位置づけも経済状況の中で変り進化をとげている。三年前にUMPCの先駆けともいえるXPのミニノートが出た。果たして試しては見たものの、このサイズにこのフォントサイズでは・・・読めないのである。UMPCが求めるものは、若さなのだろうか・・・。おじさんフォントサイズでの運用では、UMPCが生かせるとも思えないし結局のところNetbookとしてサイズも性能も含めてもう一つ皮むけた端末の登場を渇望するものとなっていた。SMARTBOOKというコンセプトが日本からも承認されるとよいと思うのだが・・・。

ガラパゴス携帯と評されてきた、従来までの日本のケータイは、最近のiPhoneやアンドロイドで構成されるスマートフォンとは明らかに異なるものだ。しかし、その背景にはキャリア独自のアプリやセキュリティ確保への取り組みなどからオープンに出来ない部分もある。まあ単一のモデルですべてをカバーできるという考えが間違っているのかも知れないし、多様な端末を受け入れるべきととらえるのが正しいのだろう。とはいえ、日本発の端末設計があってもよいではないかと思うし、今までのDNAを反映したものであっても面白いと思うのだが、今の世の中では開発費用に依存するスタイルとなっていて、結局のところGoogleのようなスポンサーであり開発元がいるという形態でないと使えないということになっている。

高尚なお話で開発を考えようとしてみても、昨今の開発費用を抑えるために共通化されたプラットホームの悪弊か各OEMの基礎開発力の低下あるいは、基礎学力の低下が開発現場を混乱させているのも実情である。学ぶための正しいサイクルがないということで開発力が低下するというのは致し方ないものだろうか。「提供されたライブラリがシンボル付きとなっていて肥大化しておりROM容量をひっ迫しています、商用モデルがメモリ不足となってしまうので即刻デバッグシンボルなしのライブラリを提供してください、この点については開発元のキャリア様にも要請して承認済みです」などという話がまかり通っていて、下手をするとこの要請を聞いている仲間までも汚染されてしまいそうである。

心配に及ばない状況なのか、心配するのは別次元の状況なのか・・・若手の問題か、会社としてのサバイバル力も怪しいということになってはいまいか。

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