業界独り言 VOL191 ホームサーバーの道その三

ホームサーバーを構築してFTTHベースの常時接続を始めてから、8ヶ月あまりが経過した。実は、残りの運用期間が四ヶ月を切ろうとしている。一年間の限定運用をしているわけではないが、実は引越しを予定しているので新しい環境に移ることを契機に、改善を図ろうとしている。下町から住宅地への移転なので若干の心配がある。一つは光ファイバーの設置工事の期間である。引越しに伴いサーバーの物理的な位置は移動するとしても、PPPoEで接続される先のプロバイダを変えない限りにおいてはアドレスの変更も無い予定である。

唐突に訪れた土地購入と自宅建築話の流れにとまどいながらもイベント駆動型の夫婦として、新居設計という新事業に繰り出すことになった。話の発端は、梅雨時の木曜の朝の電話だったらしい。都内で中古物件でも探して引っ越そうかなどと年初にインターネットで物件探しをしていたときに不動産会社のメーリングリストに名前が登録されていたようだった。三ヶ月ほど届いていた物件エクセルシートも当方の反応がなかったせいか打ち切られてはいたのだが・・・。

電話の主は、不動産会社の元気のよい女性で電話をとった細君との言葉のキャッチボールで巧みに当方の要望を聞き出してくれていた様子だった。昨年の始めに椎間板を患い、急な階段で構成されるこの自宅とのミスマッチに遭遇したことや園芸好きとして庭いじりなどが要望であることから手ごろな広さの土地があれば自分たちの思いの入った自宅を造りたいということまでも話をしたようだった。最初の電話で意気投合するに至ったのが幸いしたのか週末の土曜日に二回目のベルがなった。

朝食のトーストを焼いたりしつつコーヒーを飲んでいる週末の風景だったのだが、柔和で親しみのある元気のよい電話の先の声の主は、「ご近所に手ごろな物件が出たんですよ。まだ情報を押さえているのでまずは見に来られませんか。私は、その近くのコンビニに来ていますので・・・」と、話を聞いてきたこともあり手ごろな広さの土地が手ごろな価格で手に入るとは俄にはと思いつつも、まずはOKの返事をしてしまう前向きな夫婦であった。電話の情報では、近くのドンドン商店街から清水が丘という地区にいく坂の途中にあるようだった。

聞いた広さは40坪ほどということで小さな家と庭いじりには十分な庭が作れそうな状況だった。見知った近所の地域でもあり買い物などの商圏など殆ど変わらないということも好条件だった。ドンドン商店街という景気の良い名前の商店街を抜けていき途中から清水が丘高校に分かれて上っていく坂の途中にその土地はあった。横浜の中西南ならばどこでも見下ろされているランドマークタワーも当然みえる場所だった。古い作りのアパートの裏に位置する旗のような地形の土地であり坂の構造上隣接する家の地面との段差などには茂ったシダなどが生えていそうな雰囲気もあった。

戦後まもなくに建ったという木造平屋の古家は、昔ながらの縁台があるような家だった。こじんまりと暮らすには持ってこいの土地である。なにより、シダなどが生えそうな年期の入った隣の家の大谷石の土台などは細君のお気に入りとなった。どたばたと話が進む中で、まとまった金額の頭金などの話やらが出てきた物の細君が長年いつかは長く滞在旅行をしたいと積み立ててきた簡易保険の10年の満期日が近づいていたことなどから細君は二もなく快諾して手付金に充てつつ契約を交わし、九月をめどに住宅施工までのプランと共にローン決済を結ぶべく進めていったのだ。

自宅の新築という初めての事業には、限られたリソースと契約期限の二つがあり、現実の答えを埋めつつ進めていくのだが・・・。不動産手続きとしては四回目となり慣れている訳ではないものの、以前の手続きでの不備や高額な手数料を取られていた悪徳業者だったことなどが明らかになってきたりもした。今回の土地を購入した仲介不動産の主体は、建て売りなどを中核にすえた運営であったらしく、フリープランという形態で建売住宅の間取りなどをカスタマイズするのを得意にしていたようで、特注件名である今回の新築という仕事の間にはギャップがあったのも事実だった。

注文住宅で、フルスクラッチで建築するというスタイルを取らざるを得ないことが判明したのは購入した土地の特性に依るもので、隣接する土地との段差などから建築許可の取得には崩落した差異の保護壁が必要だということだった。既製の住宅が当てはまらないということなのだ。雑誌やWebなどで建築家の先生を見つけつつ、不動産屋の建て売りなどの工事をされている方の話などを聞いていたのだが、通常の業務で扱われている工法を逸脱するような範囲の話になってくると要領を得ないのであった。土地取得と建物建築とを一回のローン手続きなどで済ませる為には、建築確認申請手続きなどの取得など時間はあまりなかったのである。

自分たちのプランを示すために導入したのは3Dのマイホームデザイナーというソフトである。これを用いて間取図の考え方などを示すことで真打ちの建築家を探そうという試みに出たのだ。建築確認申請の手続きに必要な枠組みの設計を依頼する建築家は不動産業者の紹介で色々な物件を設計していただいている方に決めることが出来た。建て売り物件で利用されているという内装機材の情報などをもらいつつも、自分たちの希望となるものを求めて横浜地区の各社のショールームを巡ったりしつつ希望の機器を探したり、大枠の設計データを作ってもらい、この住宅プランに配線指示などの我が儘を記載したFAXを飛びかわせた。

狭い下町から住宅地への引越しと家屋の構造上の問題点であった鉄骨構造の床シールドの影響などから開放されて無線LANのアクセスポイントの数も三台から一台に集約できそうな状況である。逆に11bから11aに変更すべきであるかも知れない。最近のブロードバンドルーター能力の向上などはARM9の登場に続いたMIPSマイコンへの切り替えなどからFTTHの限界値に近いFTP性能を謳うものまでも登場してきたようで現在の60Mbps台のルータは掲示板経由で、ADSLユーザーに譲渡すべき時代になってきたようだ。

そんなインフラの変化とサーバー環境のミスマッチも見えてきそうなのがPentium200MHzの旧マシンによるLinuxサーバーの更新である。場所もかさばる大きなケースのホームパソコンは時代錯誤の感もある。USBの走りの時代に登場したパソコンなのでWindows95ベースのパソコンでもあった。またHDDやRAM増設などでしのいできたものの96MBのRAMでの動作や8GBのHDDスペースは切り替え時期を過ぎているだろう。問題となっているHDDでなければ長持ちする環境構築などを考えていくと1GBクラスのFLASHディスクなどで静音環境のマシン構築などが必要だと思われる。故障対応などの将来問題への布石が重要である。

今回、自宅の新築に際してはLAN配線工事やルーターあるいはONUの収納場所などを建築家の方とは話をして進めている。自宅へのリモートアクセスということなどが求められてもいるようなので録画指定やらサーバーメンテナンスやらセキュリティログインなどを果たす必要がありそうだ。アマチュア無線でのインターネット版のフォーンパッチも可能らしいのでそうした設備や遊びも考えることが楽しそうだ。気軽な仲間とバーベキューしたりするのも楽しいかもしれない。ADSLへの後戻りは多分ないと思うのだが、無線LANでのアクセス環境については公開可能にしておくことが良いかも知れない。来訪者の方に無線LAN接続でANY設定で利用できるようにするのが良いかと考えている。

電話配線を考えていると,最近のデジタルテレビやBSチューナーで必要となることを思い出したりしてみて慌ててアンテナ配線と電源配線を見直したりしている。はたと気が付いて電材メーカーのサイトを覗いてみると、なんとテレビと電話そしてLANと電源が一体化された配線器具などが開発されているようだった。時代は常時接続などが当たり前になってきたことを思わせる。配線や配管を気にしているのは、一階がRC造りの云ってみれば基礎の中に住みつつ、その上に木造平屋を載せるような構造となる予定だからだ。そして内装はコンクリートの打ちっぱなしで仕上げて欲しいという細君の要望と、余計な配線が露出しないようにして欲しいという相矛盾するような条件があるからだ。果たして、血管のように浮き出た予定外の配線なしで仕上げられるのかどうか、システム開発の仕上げと似ている。ソフトウェアだと見た目には出てこないものなのだが。

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