忙しいだけで求人をとることを止めるときがくる。そう携帯端末のソフト開発を変える事件を引き起こそうとしている。東川氏のことを知る人物から、開発が中断したテーマについて聞くといいだろう。この開発が、まったく新しい形でスタートする。綱島の会社も台湾の会社も同一次元にしてしまう。まったく画期的なストーリーが展開しようとしている。今、東川氏は、そうした事件の生き証人としてあるいはつぎの時代へのナビゲータとして米国に移動しようとしている。彼は二週間で帰国するが、この間に彼とコンタクトした人間にはあらたな取り組みの一端を語ってくれるだろう。無論、東川氏はそうした新たな話をするに値しないと思う人には、話すはずがないのだが、そんな人にはこの独り言すら送る必要がないのだから・・・。
21世紀に向けてきっと端末そのものを変革させるこのストーリーにジョイントすることについて後悔の念を持たずに聞き逃すことは出来ないだろう。これは、つまらないソフト開発に従事してきた人たちの仕事を奪うかもしれないし、あらたな市場を産み出すかもしれない。時代は21世紀のビジネススタイルを生もうとしている。殻にとらわれていてはチャンスは逸するし事業部の支援すら出来ないのだ。こんな面白い仕事を前にだまってなどいられない。是非話を聞いて欲しい。英語がどうしたなどといってられる状況などないのだから。今一度、記す。
あなたの感覚とまったく異なる世界を、また東川氏は見せてくれるだろう。世界に先駆けてVMベースの自動車電話を開発し、ソフトモデムを提唱し、8ビットのCを実用化し、製品ソフトをユーザーに書かせ、スクリプト言語で端末同士を結ばせようとした東川氏が動いたのだ。何かが携帯で起こるとだけ書こう。QUAD社に東川氏が移った理由の一つはHDRだった。しかし、彼はソフト屋だ。東川氏がHDRでやりたかった事とは何か。その理由は、広島と大阪と品川と綱島と佐江戸の技術者は知っている。この幻のプロトタイプを動かすとそれは時代からハミダシてしまうのだ。I-MODEやKVMでは決してない。
ワイドやナローといっている時代は終わっているのだ。何をするのかが問題なのだ。さあ、話を聴きに東川氏とコンタクトをしてみないか。